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20年熊本水害・人吉市 |
鉄砲水は別として、水害で何が大変かというと、後片付けです。水が通過しただけの我が家でも、普段の生活を取り戻すのに、1か月近くかかりました。捨てるものを捨て、床下の泥を掻き出し、家の水洗いをします。しかし、洗っても、乾くと、また汚れが浮かんできます。多少低い土地にあった近所は、なかなか水が引かず、2日ほど浸かっていました。そうなると、もっと大変です。電化製品はもとより、水に浸かった家財道具は、匂いもひどく、すべて廃棄するしかありません。水害経験のある地域では、堤防を高くする、排水プンプ施設を設ける、土地を嵩上げする、床を高くする、あるいは止水板を設置する等の対策が講じられています。それでも、ひとたび水が入れば、後片付けが大変なことに変わりありません。
新潟赴任中に、県央水害がありました。堤防が決壊し、鉄砲水が三条の街を襲いました。翌日、ジャンパーを着て、長靴を履いて、お客さまのお見舞いに出かけました。被災した大手メーカーを訪問した際、取締役総務部長が、ランニング・シャツに長靴姿で、玄関まで出てきてくれました。、従業員総出で泥の掻き出しをしているとのことでした。被害の状況や近隣企業の様子を話していると、黒塗りの大型車が玄関に横付けされ、パリっとしたスーツを着込み、ピカピカの革靴を履いた大手都銀の支店長が降りてきました。もちろん、お見舞いに駆け付けたわけですが、総務部長は、挨拶することもなく、忙しいから帰ってくれ、と追い払いました。車が走り去ると、総務部長は「ふざけあがって」と吐き捨てるようにつぶやいていました。
街中が泥にまみれ、社長であろうと何であろうと、皆、総出で、家や工場の片付けをしている最中に、スーツでお見舞いは、明らかに場違いです。かえって失礼であり、気分を害してしまいます。私のジャンパーに泥まみれの長靴という姿は違和感が無かったのでしょう。訪問したお客さまは、皆、手を休め、昨夜、経験したことを話してくれました。話を聞いてくれる人間が来るのを待っていた、という印象すら受けました。私の水害体験が活きたのかも知れません。いずれにしても、それほど水害の後片付けは大変なのです。どこから手を付ければいいのか、と呆然としてしまいます。しかし、手を動かさなければ、普段の生活を取り戻すことはできません。皆、憤りと諦めが入り混じった、妙なアドレナリンが出ていました。街中が、同じ思いで、同じように片付けをしていることが、多少の慰めなのかも知れません。
近年は、台風の大型化、線状降雨帯の発生等によって、記録的な大雨が頻発しています。かつて木で覆われた山が崩れることはありませんでした。近年は、それも限界を超えて、土砂災害が多く起こります。想定を超える雨量で、万全と思われた堤防が決壊し、水害など想定していなかった土地が水没します。一昨年でしたか、全国的にハザード・マップが改訂されました。それまで”百年に一度”程度だった災害想定は、”千年に一度”に変わりました。役所の保身とも言えますが、まんざら絵空事とも思えなくなっています。ただ、千年に一度の災害に、どこまで備えるべきか、実に悩ましいところです。(写真出典:yomiuri.com)