2021年7月26日月曜日

緞通

山形緞通
昔、イスタンブールで、夜のガラタ橋に行ったところ、おじさん達がトルコの伝統酒ラクをふるまってくれました。ガラタ橋は、船が行き来する中央部を除き、下層部が飲食店街になっており、有楽町のガード下といった風情です。ラクは、ブドウから作り、ういきょう(フェンネル)で香り付けした蒸留酒です。ギリシャのウーゾ、アラブ諸国のアラックと同じ酒です。無色透明な酒で、水で割ると白濁します。おじさんたちのなかに、グラン・バザールで絨毯屋をしている人がおり、明日、店に来たら、格安で売ってやると言われました。

グラン・バザールは、一つの屋根の下に、3千数百の店が並ぶ巨大スークです。結局、玄関マット・サイズの小さな絨毯を買いました。たかだか1~2万円程度にもかかわらず、値段交渉は、トルコ・コーヒーを飲みながら、1時間程度かかりました。トルコ絨毯はペルシャ系で、足が短く薄手のカーペットです。対して、中国式の足の長い厚手のカーペットは「緞通(だんつう)」と呼ばれます。日本では、江戸期、中国から技術が入ります。日本三大緞通と言えば、鍋島、大阪、赤穂ですが、日本最高峰の緞通は、山形で作られています。

山形県山辺町にあるオリエンタル・カーペット社は、1935年、渡辺順之助が、北京から技術者たちを招き、創業しています。地域再生のために、当時、少なかった女性のための仕事を作ることが目的だったといいます。日本で唯一、糸づくり、染色、織り、アフターケアまで、一貫して行う手織緞通メーカーです。品質の高さで知られ、製品は、バチカン宮殿はじめ、皇居新宮殿、赤坂離宮、京都迎賓館、歌舞伎座、各国の在日公館等に納入されています。また、近年では、個人向けに「山形緞通」というブランドも立ち上げています。

十年ほど前、山形の本社を訪問したことがあります。かつての城跡という小高い丘に建つ本社は、木造2階建て、昔の小学校を思わせるような建屋でした。応接室に通され、驚きました。20畳ほどの部屋一面に、色鮮やかな緞通が敷かれ、歩くと足跡が残ります。何よりも、その艶やかさに驚きました。聞けば、創業間もなく織られた絹の緞通で、80年くらい経っているとのこと。その間、5回ほど洗濯はしたが、直しはしていないとのこと。緞通も、ペルシャ絨毯も、使い込むほどに美しくなると聞いていましたが、まさにその通りでした。

平織ではなく、パイルのある絨毯は、3千年前のペルシアで生まれたとされます。その技術がシルクロードを通って、中国に伝わったのが唐代のことだったようです。明代には、中国緞通が隆盛期を迎えたようです。唐以前にも中国独自のカーペットは存在し、古くは魏国が邪馬台国に贈った記録もあり、正倉院にもフェルト地のものが納められています。緞通は、ダイナミックな世界史観を雄弁に語る品物の一つだと思います。(写真出典:yamagatadantsu.co.jp)

マクア渓谷