2021年5月20日木曜日

Om(オウム)

国際ヨガ・デー(ニュー・デリー)
一時期、パワー・ヨガの教室に通っていました。クラスは、マントラ(真言)「Om(オウム)」を唱えるところから始まります。初めの頃は、正直、気持ち悪さを感じました。「オウム」は、バラモン教以来の長い歴史を持つ、インドでは最も一般的なマントラです。それは理解しているのですが、やはり、信じがたい凶行を繰り返したカルト教団「オウム真理教」と重なり、気持ち悪く思うわけです。「オウム」の意味するところは、宗派によって多少異なるようですが、創造・維持・破壊の三位一体を表し、世界を守るもの、世界の秩序をただすもの、とされています。仏教でも使われます。例えば、密教のお経では、”オン”という音が多用されますが、これも「オウム」のことです。

ヨーガの歴史は古く、その誕生は5千年前とも言われます。4.500年前のモヘンジョダロやハラッパーの遺跡からは、ヨーガのポーズをとるレリーフが出土しています。ヨーガの語源は、サンスクリット語で牛や馬と車をつなぐ”くびき”を意味する「ユジュ」だと言われます。アートマン(自己の真理)とブラフマン(宇宙の真理)の合一をはかり、輪廻からの解脱を目指すものです。体と魂を統一して集中力を高め、涅槃を求めると言ってもいいと思います。インドでは、宗派を越えた修行法として続いてきました。仏教では、釈迦も瞑想法として取り入れており、紀元5世紀には、「ヨーガ・スートラ」が編纂され、古典ヨーガが体系化されています。その後、16世紀には、高度な瞑想(ラージャ・ヨーガ)に至る準備として、身体を鍛錬し浄化するハタ・ヨーガが確立され、概ね現在のヨーガへと継承されます。

日本では、既に遣唐使が仏教のなかのヨーガである「瑜伽」を紹介しているようです。ハタ・ヨーガの実践は、大正時代、右翼にして実業家でもあった中村天風が、インドで修行して、帰国後に設立した「天風会」に始まるとされています。1970年代には、日本に第一次ヨガ・ブームが起こります。ブームを主導したのは、沖正弘でした。東洋医学と東洋宗教の研究家であった沖は、独自の理論に基づく修道場を運営するとともに、ヨーガ普及のために講演や執筆も行いました。1990年代には、エクササイズの要素を入れることで、第二次ブームが起こっています。ところが、オウム真理教に関する一連の事件が発生すると、日本のヨーガは壊滅的ダメージを受けることになります。日本のヨーガ人口は激減し、多くのヨーガ教室が閉鎖に追い込まれたようです。

麻原彰晃こと松本智津夫が、「オウムの会」というヨーガ教室を始めたのは1984年のことでした。この頃から、天理教をロール・モデルとした新興宗教を構想していたようです。教義は、松本智津夫が独学で得た仏教やヒンドゥー教の知識を継ぎはぎしたものだったようです。ただ、いいとこどりの教義では、当然、矛盾も、綻びも出ます。それを糊塗するため、そしてマインド・コントロールを徹底するために、過激化していったのではないでしょうか。最終的には、神的人間が、動物的人間を抹殺して、人間を進化させるというのが目的であったとも聞きます。極めて特異なカリスマ性を持った人間による、戦後稀に見る異常な事件でした。いずれにせよ、オウム真理教とヨーガの外見上の類似性が、ヨーガ界に致命的なダメージを与えたわけです。

日本のヨーガ界を救ったのは、2000年代のフィットネス・ブームでした。ハリウッド・スターたちの間で、フィットネス系ヨーガがブームとなり、世界中に新しいヨーガが広まりました。それは、ヨーガの持つ宗教色や瞑想的な部分を抑えたフィットネスとしての再出発でした。私が通っていたパワー・ヨガも、アーサナと呼ばれるポージングを連続的に行う、より動きのあるフィットネスでした。一方、忘れ去られた感もあった瞑想ですが、近年、宗教色を消したマインドフルネスとして脚光を浴びています。ヨーガは、肉体と精神という人間の本質に作用するからこそ、5,000年も続き、また、これからも、姿を変えながら続いていくことでしょう。(写真出典:en.wikipedia.org)

マクア渓谷