40年ほど前のことですが、イスタンブールに旅をした際、ハマムと呼ばれるトルコ式の公衆浴場に行きました。入場すると、まずは2~3畳ほどの簡易なベッドのある個室に通されます。脱衣して腰布を巻いた状態で、浴室に案内されます。円形の広い浴室は、全体が蒸し風呂になっています。中央の台座の上に横たわり、しばし体を温めます。頃合いを見計らって、三助が洗い場へ連れていき、あかすりを行い、泡で全身を洗ってくれます。再び台座の上に横たわっていると、プロレスラーのようなオッサンが登場して、マッサージが始まります。正直、痛いほどの激しいマッサージでした。しばらく体を休めていると、いたいけな少年が、個室へ連れ戻してくれます。お茶が出され、ベッドのうえで香油を塗ってくれます。
これで一通りでした。恐らく少年は、他のサービスも提供するのでしょう。ハマムの料金は覚えていませんが、とても安かったと思います。ローマ帝国時代の浴場に起源を持つというハマムの文化は、中東のイスラム世界に広がっており、都市には、モスクとスーク(市場)とハマムがある、とまで言われます。決して男性専用ではなく、女性用も併設されています。女性は、浴室でベールを付ける必要がなく、階級や貧富の差を問わず、入浴とおしゃべりを楽しんだもののようです。これが欧州人には神秘的な印象を与えたようで、絵画の題材にもなっています。ルーヴル美術館が所蔵するアングルの「トルコ風呂」が最も有名です。
人間は、古来、衛生上、あるいは宗教的理由から沐浴を行っていたようです。お湯を沸かして、あるいは蒸気を発生させて入浴する浴場の歴史も古く、現在確認されている最古の浴場は、5,000年前のモヘンジョダロ遺跡にあります。その起源は、さらに古く、6,000年前のメソポタミアという説もあります。浴場は、世界中に広がりますが、欧州では、キリスト教の普及とともに廃れていきます。キリスト教において、全裸で多くの人が集まることは好ましくない、とされたためです。欧州人が、ハマムにエキゾチシズムを感じるわけです。日本では、仏教の伝来とともに、浴場の歴史が始まります。大きな寺院には、古くから、必ず浴場があります。ちなみに、もともと”風呂”は蒸し風呂を指し、温水浴する場所は”湯殿”と呼ばれたようです。いずれにしても、蒸し風呂の歴史は、入浴の歴史でもあったわけです。
かつてソープランドは「トルコ風呂」と呼ばれていました。もともとはハマムに着想を得た蒸し風呂とあかすりの組み合わせでしたが、60年代頃から、性風俗化します。トルコ風呂、あるいは略してトルコと呼ばれました。怒ったのはトルコの人々です。抗議運動が起こり、結果、名称が公募され、ソープランドになります。83年のことでした。公募というのも、実におおらかな話です。その際、トルコ人の抗議運動を支援したジャーナリストが名を挙げました。カイロ大学出身の小池百合子です。(アングル「トルコ風呂」写真出典:ja.wikipedia.org)