2021年4月4日日曜日

「ミナリ」

 監督:リー・アイザック・チョン   2020年アメリカ

☆☆☆+

80年代のアーカンソーで、農業に挑戦する韓国系家族の苦難を描いた映画です。そつのない演出、見事な演技で、上質な家族の物語に仕上がっています。韓国語のセリフが多い映画ですが、古き良きアメリカ映画を見ているような感覚に捉われました。逆に言えば、80年代までさかのぼり、韓国系をモデルにしなければ、伝統的な家族映画は作れない、とも言えそうです。ただ、伝統的に過ぎて、今日性に欠けるようにも思えます。普遍的家族の映画というよりも、移民映画のようにも思えます。ゴールデン・グローブ賞では、外国語映画賞を獲得しています。外国語映画ではなく、アメリカ映画だとする声も多いようでが、言語の問題だけではないようにも思えます。アカデミー作品賞にもノミネートされ、有力候補と言われています。

監督のリー・アイザック・チョンは、韓国系二世として、1978年にデンバーで生まれ、アーカンソーで育っています。「ミナリ」は、彼の生い立ちに基づいているようです。家族の描き方に、彼の思い入れの深さを感じます。イェール大で生物学を学び、医師を目指していたようですが、映画製作に目覚め、中退しています。2007年に、ルワンダを舞台に処女作「ムニュランガボ」を撮り、カンヌはじめ多くの映画祭で高い評価を得ます。以降の作品も高い評価を得たものの、彼自身は映画製作に行き詰まりを感じ、韓国で教鞭をとっていたようです。ただ、もう一本だけ、全てを注ぎ込んだ自伝的な映画を撮らなければならないという思いが強くなり、「ミナリ」に至ったようです。次回作は、日本で大ヒットしたアニメ「君の名は。」の実写化と発表されています。

20年以上前のことですが、日経新聞が、海外駐在員経験者に対するアンケートを実施しました。駐在員を経験して良かったことという設問で、一番多かった回答は、家族との絆が強まった、ということでした。私も、ちょうどミナリの時代設定と同じ頃、NYに駐在していましたので、この回答結果には共感できます。企業の駐在員、かつ日本人の多いNYですら、やはり異国の地での慣れない生活は、家族の団結を強めます。それが、アーカンソーの田舎、慣れない農業、子供の病気と来れば、本当に家族だけが頼りだったと思います。妻のカリフォルニアへのこだわりも理解できます。心細い時、同胞の存在は、言葉の問題以上に大きいものがあります。

祖母と、祖母が韓国から持ち込み育てるセリ(ミナリ)が、家族を一つにまとめ上げる象徴となっています。あえて韓国語の多いセリフ回しにしていることも含め考えると、他国にあっても、韓国人としてのプライド、文化伝統が重要であることを訴えているように思えます。NYでは、韓国人、中国人、インド人の団結は強く、自国文化へのこだわりが強いことで知られていました。NYのグロサリー・ストアは、韓国人の経営が多く、危険な目にあっても24時間営業にこだわり、確実に生活基盤を固めている印象でした。また縄張り意識も強く、90年前後、後から入ってきたヴェトナム人と韓国人との喧嘩が街中で繰り広げられた時期もありました。

セリは、日本原産の多年草で、東アジア一帯に分布しています。「競る」ように盛んに青葉を出すことからセリと名付けられたと言います。春の七草ですが、仙台のセリ鍋、秋田のきりたんぽ鍋の具材としても知られています。香りやシャキシャキとした食感が魅力ですが、多くの薬効も認められてます。水さえあれば、田んぼのあぜ道でもドンドン育つ強さが、韓国系移民を象徴し、群生する様が、家族を象徴しているのでしょう。(写真出典:eiga.com)

マクア渓谷