「モーヌの大将」(1913)は、フランスの夭折した作家アラン=フルニエによる青春小説の傑作です。原題は ”Le Grand Meaulnes” であり、grand は背の高い、偉大な、大人びた(兄貴分)といった意味になりますが、ニュアンスとしてはそれらすべてを含むものと考えます。大将という訳は、昔は名訳だったのでしょうが、今となってはピンと来ません。かつては「モーヌの大将」と題されていましたが、さすがに、近年は「グラン・モーヌ」という原題で出版されています。フランスでは、いまだに青春小説の代名詞であり、高い人気を誇ると聞きます。アメリカでJ.D.サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の人気が衰えないことと重なります。
田舎の小さな学校に転校してきたモーヌは、背が高く、大人びたところのある少年でした。ある日、森のなかで迷ったモーヌは、不思議な館にたどり着き、運命の美少女イヴォンヌと出会います。感傷的で切ない物語は、美少女、不思議な館の他にも、いくつかの謎、仲間たち、旅芸人、といったロマンティックな道具立てに事欠きません。舞台となったのは、アラン=フルニエが少年時代を過ごしたフランス中部の田舎町エピヌイユ=ル=フルリエル村。作家自身の少年時代や青年期の体験に基づく作品だと言われます。1967年には、映画カメラマンとして有名なジャン・ガブリエル・アルビコッコが、ブリジット・フォッセーを主演に映画化しています。
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映画「さすらいの青春」 |
青春文学には、大人になる前の不安定さ、あるいは自立して大人になっていく展開等、共通点があります。なかでも多くの支持を集める小説は、不安を抱く青年たちが、ここに自分がいる、と思える作品だと思います。私も、「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ時、アッ、ここに自分がいる、と思ったものです。父親、学校、そして社会に対する曖昧な反発、自分が人と違うように思える不安等、皆、経験することではありますが、当の本人は孤立感を強めるものです。そんな時、本のなかに自分そっくりな人間を見つければ、安心もしますし、勇気も出ます。モーヌの切ない物語は秀逸ながら、共感性という面は薄いのかも知れません。
1914年、第一次世界大戦が勃発すると、召集されたフルニエは、陸軍中尉として前線に立ちます。しかし、ドイツ軍と交戦中に、部下たちとともに行方不明になります。そして、1991年に至って、ドイツ軍共同墓地で遺体が発見され、翌年、フランス陸軍墓地に埋葬されています。享年27歳。よく知られた作家ですが、その短い生涯で出版された本は、グラン・モーヌ、だた一冊でした。(写真出典:pinterest.co.uk)