2021年1月27日水曜日

地名殺し

 アメリカの住所表記は、単純で分かりやすく決められており、実に便利なものだと思いました。まず、道路にはすべて名前が付けられており、通り沿いの家々には順番に番号が付されます。通りの片側が奇数、他方は偶数。通りの名前が膨大な数になり、紛らわしい名前も多くなるなど大変な面はありますが、大都会でも、どんな田舎でも、住所と地図さえあれば、確実にたどり着けます。対して、日本の住所表記は分かりにくいように思います。ただ、かつての土地をベースとした地番方式に比べ、街区を基準とした現在の住居表示方式が分かりやすくはなっています。

住居表示方式への変更は、1962年、郵便配達の利便等を考慮して法制化されました。都市部では、京都市等を除いて、改正が進みました。京都は、碁盤状に筋と通りが整備され、各々名前が付いていたので、変える必要がなかったわけです。京都の住所は長いと不評ですが、知ればとても分かりやすい表記です。碁盤状ではない多くの街では、表示変更にはそれなりの苦労がありました。結果として、古い町名が消えていことになります。特に城下町では、街の歴史を伝え、かつ街の人たちが馴染んだ町名が多く失われることになりました。住居表示方式への変更が「地名殺し」とまで言われた所以です。

名古屋へ赴任したばかりの頃、よく「モンタナ」という地名を耳にし、アメリカとの関係が気になりました。実は、モンタナではなく、ウォンタナ、魚の棚でした。江戸期から魚屋の多い通りだったようです。古い街では、しばしば見かける町名のようです。現在の住所は「丸の内〇丁目」になっていますが、街の人たちは、依然、ウォンタナと呼ぶわけです。こうした住民が抱く違和感の解消に加え、歴史的観点、あるいは観光的観点からも、昔の町名に戻しつつある街があります。金沢です。1999年から、今も継続的に取り組んでいます。

主計町
金沢が、最初に復活した町名は「主計町(かずえまち)」です。川端の料理屋が並ぶ風情ある街ですが、町名復活とともに、歴史ある店に加え、おしゃれな店も増え、今や主要な観光スポットの一つとなっています。単なる懐古趣味などではなく、実に戦略的な町名復活でもあったわけです。絶品の寄せ鍋だけを出す「太郎」も主計町の名店。黄金の出汁、店の風情、お姉さんたちの振舞い、どれをとっても、伝統ある主計町という町名に相応しいと思います。町名変更は煩雑なことの多い取組だと思いますが、それを実行できるあたりは、金沢のプライドの高さを感じさせます。

実は、アメリカの道路表記方式は、世界標準であり、万国郵便条約における住所表記も道路表記方式を前提としています。つまり、番号、通り、市町村、州や県、国名という順番です。日本と中国だけが、逆になっているようです。ただ、その中国も道路表記方式を取っています。いよいよもって住居表示方式のような街区表記型は、日本だけのようです。今後のデジタル化を考えれば、思い切って道路表記方式への変更も考えていいのではないか、と思います。(写真出典:kanazawa-kankoukyoukai.or.jp)

マクア渓谷