2021年1月16日土曜日

スチームパンク

テリー・ギリアム監督の「Brazil(未来世紀ブラジル)」(1985)は、「20世紀のいつか、どこかの国で」というコピーで始まります。にもかかわらずタイトルはブラジル。その理由は、監督が、映画のテーマ曲として、南国のパラダイスを思わせる曲を使いたいと思い、「ブラジルの水彩画」に出会います。アリー・バロッソ作曲のこの曲はブラジル第二の国歌とも言われる名曲。すっかり気に入った監督は、タイトルまでブラジルにしてしまいます。監督に言わせれば、この映画は「ジョージ・オーウェルの『1984』の1984年版」であり、ディストピアをスチームパンク風に描いていました。

スチームパンクは、1980年代後半に命名された比較的新しいSFのマイナー・ジャンルです。概ね、19世紀のヴィクトリア朝英国あたりを舞台に、機械化された文明に、当時は存在していなかった機械や技術を加え、レトロフィーチャーな世界を展開します。動力が主に蒸気であることからスチームパンクと名付けられました。SFの世界では、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの「ディファレンス・エンジン」(1990)が代表作と言われますが、歴史系、ファンタジー系と幅が広く、メディアも、小説、映画、ゲーム、デザイン、ファッションと裾野を広げています。

実例を挙げたらキリがないほど、スチームパンクのテイストは、至るところで多用されています。米国のTVなら「Q.E.D.」や「ワイルド・ワイルド・ウェスト」が有名ですし、映画なら「マッド・マックス」や「ライラの冒険」、宮崎駿の「天空の城ラピュタ」や「ハウルの動く城」もスチームパンクの一例です。スチームパンクの場合、動力が主に蒸気と設定されるので、イメージ的には、機械から漏れ出る水蒸気、円形メーター、そしてダクトが多く使われます。「未来都市ブラジル」ではダクトが山のように登場し、ディストピアにおける管理社会の実態を象徴していました。

命名され、流行したのが80~90年代ということですが、その先祖となれば、ジュール・ヴェルヌであり、H.G.ウェルズであり、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」も挙げられます。ヴェルヌ、ウェルズは、SFの開祖であり、19世紀の現実に、時間を先取りした未来の技術を取り込んだわけですが、スチームパンクは、20世紀やそれ以降の技術を、時間を逆転させて19世紀に入れ込みます。スチームパンクは、SF誕生時の興奮を受け継ぐ古典派といえるかも知れません。誕生時からSFがそうであったように、スチームパンクも、ユートピアとディストピアの両面性を持ちます。

電子機器と違い、機械は機能が形として目に見えます。伝統美との融合、機能美の追及、あるいは未来の象徴という性格も加わり、機械を美しいと思う見方も生まれました。一方、機械が人間を圧することへの懸念も、早くからあります。資本主義や機械文明への批判で有名なチャップリンの「モダンタイムス」は、スチームパンク的でもあります。チャップリンが批判したのは機械というよりも資本主義の持つ管理社会的な側面だったと思います。「未来世紀ブラジル」は、1984年版の「モダンタイムス」とも呼べるのでしょう。「モダンタイムス」に人間性を象徴する名曲「スマイル」があったように、「未来世紀ブラジル」にも「ブラジルの水彩画」が必要だったわけです。多少、皮肉っぽい面はありますが。(写真出典:cinemore.jp)

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