2021年1月1日金曜日

大公の聖母

ラファエロ・サンツィオは、ディエゴ・ベラスケス、アンリ・マティスと並んで、私のお気に入りの画家です。ラファエロは、聖母像を多く描いています。なかでも私が一番好きなのは、「大公の聖母」です。フィレンツェ、ピッティ宮のパラティーナ美術館に所蔵されています。小ぶりな作品ですが、ラファエロらしい艶やかなタッチで描かれ、ラファエロ定番の青と赤の衣装をまとった聖母が、伏し目がちにイエス抱き、漆黒の背景に浮かび上がります。実は、黒い背景は後世の加筆だったようです。しかし、ラファエロらしい美しく上品な聖母を際立たせる効果があり、これはこれでいいのではないかと思います。

ラファエロの聖母子像は30点弱あります。その多くが、20歳前後に4年間だけ滞在したフィレンツェで描かれています。当時、ヴェッキオ宮の壁画を競作させられたレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロが描く下絵を、ラファエロは毎日のように見に行っていたと聞きます。二人の偉大な天才の制作過程を比較して見れたことは、どんな師匠に教わるよりも勉強になったはずです。ラファエロの聖母像は、ほぼ全て三角構図で描かれていますが、ダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」の影響とされます。

ラファエロの聖母像は、有力者たちが、屋敷で祈りを捧げるために発注したものが多いのでしょう。個人蔵が多かったため、現在は、各地に分散されてます。例えば、よく似た構図で描かれた「ヒワの聖母」、「美しい女庭師」、「ベルヴェデーレの聖母」の三作は、それぞれウフィッツィ、ルーブル、ウィーンの美術史美術館に所蔵されています。この三枚を一つの壁に展示したら、面白いと思うのですが。私は、一度、ローマとフィレンツェで、聖母像に限らず、可能な限りラファエロの作品を見ようとしたことがありますが、あまりにも分散しているので、なかなか大変でした。まだ見ていない作品もありますが、なかでも「システィーナの聖母」は見てみたいと思っています。ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館に所蔵されていますが、そのためだけにドレスデンへ行くことは、やや厳しいとも思っています。

ルネサンスを代表する画家ラファエロ・サンツィォは、1483年、アドリア海に面するウルビーノ公国の宮廷画家の息子として生まれています。10代後半でペルジーノに師事し、18歳でマイスターになると、その画力から多くの受注を受けたようです。その後、芸術の都フィレンツェで4年間を過ごし、ローマ教皇の招聘に応じてローマへと移ります。以降、37歳で亡くなるまで、ローマで、ヴァチカン宮殿のフレスコ画「アテナイの学堂」、あるいは晩年の「キリストの変容」などの傑作を残しました。ただ、ラファエロは、当時としては最大級の工房を抱えており、ローマ時代の作品の多くは、弟子たちによって仕上げられたそうです。

19世紀中葉の英国に、後の象徴主義の先駆けとも言われるラファエル前派が登場します。ラファエロの技法に固執する美術界に反発し、完璧すぎたラファエロ以降の西洋絵画は停滞していると宣言し、ラファエロ以前への回帰を主張しました。ラファエル前派の絵は、さほど好みませんが、ラファエロが、その後の数百年、西洋絵画を圧倒し続けていたことには驚かされます。一人の天才が、古典主義を完全無比な形にまで完成させてしまったということなのでしょう。(写真出典:ja.wikipedia.org)

マクア渓谷