酒井氏の説は、概略、以下のようなものでした。カマキリは木の枝に産卵し、卵は越冬する。雪の上なら鳥の餌になり、雪の下なら生きられない。よってカマキリは、その年の積雪量を予測して、ちょうど雪面の高さギリギリに産卵する。大気圏内の水分量は一定であり、空気中の水分量が多いときには積雪が増える。樹木は、乾湿差に応じて、枝葉への水分の供給量を変える。幹を通る水分の動きは、乾湿の境界線、つまり予測される雪面付近で最も多くなる。カマキリは、水分移動に伴う微弱な振動に応じて、卵を産む場所を判断する。
門外漢の私が思った素朴な疑問は、樹木は、どうして秋のうちに、冬の湿度を予測できるのか、ということです。秋のうちに湿度が高くなる傾向があるのであれば、人間も科学の力で予測できそうなものだと思います。さらに、乾湿の境界線で、水分移動がもっとも活発になるメカニズムも証明されていません。そして、昆虫学の権威である弘前大学の安藤喜一名誉教授が、自ら実験までして、雪に埋まってもカマキリの卵が孵化することを証明します。残念ながら、酒井氏の説の前提が崩れたことになります。
安藤名誉教授の反論が出されると、カマキリによる積雪予測を配布していた公的機関は、予算不足を理由に配布を中止しました。その後、酒井氏は、大災害と昆虫の生態という研究をし、大発見をした、と話していたそうですが、詳細は明らかではありません。ネット上には、酒井氏の説を似非科学とする批判が多く見られました。確かにそうかもしれませんが、そもそもの民間伝承が、科学的に否定されたわけではありません。”非科学的”と言う言葉は、批判的に使われる言葉ですが、科学が証明できていないもの、という理解もできます。
かつて、大学で物理学を専攻した人に、宇宙は膨張しているというが、宇宙の境界線の向こうには何があるのか?と聞いたことがあります。答えは、分かっていない、とのことでした。そもそも物理学は、分からないことだらけで、科学と言っているのは、再現性が証明された極々一部の事柄を指すにすぎない、とのことでした。”分からない”ということを認めたところから科学は生まれた、とも言います。大きなものにも立ち向かうカマキリの習性から、無駄な試みを「蟷螂の斧」と言いますが、科学者の皆さんには、是非、カマキリのようであってほしいと思います。(写真出典:tenki.jp)