2020年12月6日日曜日

「Mank/マンク」

 監督:デヴィッド・フィンチャー   2020年アメリカ  Netflix配信

☆☆☆☆+

またまたNetflixがアカデミー賞に標準を合わせてきました。コロナ禍で、劇場公開作品が少ないなか、「ローマ」、「アイリッシュマン」、「マリッジ・ストーリー」に続いて、完全に本気モードで狙っています。本作は、正直なところ、今年一番の作品だと思います。「市民ケーン」でアカデミー脚本賞を獲得したハーマン・J・マンキーウィッツを通して、そのモデルとなった新聞王ハースト、そして黄金期のハリウッドが描かれます。

オーソン・ウェルズの初監督作品「市民ケーン」は、いまだに映画史上最高の傑作と言われます。新聞王ハースト をモデルとしたことで、物議を醸し、多くの妨害を受けました。本作は、その構図を完全に裏返し、「市民ケーン」誕生までの経緯を、ハーストやその愛人マリオン・デイヴィス、そして当時のハリウッドという現実サイドから描いています。マンキーウィッツが編み出したとされるウィットあふれる会話で映画を進めるスタイル、当時の表現主義を再現した白黒映像と音楽、フラッシュバック・シーンの多用など、「市民ケーン」を彷彿とさせる作り込みとなっています。それが、「市民ケーン」と表裏を成す姉妹作であるような存在感を生み出しています。ちなみに、今は不要となったフィルム交換マークまで入れる徹底ぶりです。

映画史上最も有名な言葉の一つが「ローズバッド」です。”全てを手に入れ、全てを失った男”である市民ケーンが、望み続けて手にできなかった、たった一つのものが愛であり、その象徴がローズバッドと書かれたソリでした。謎の言葉ローズバッドを映画の縦糸に置き、ミステリ仕立てにストーリーを展開するというアイデアには、マンキーウィッツの文学性を感じます。一方、「市民ケーン」というタイトルは、マンキーウィッツのシニカルで短気な俗っぽさが反映されています。クビライ・カン並みの財力と権力を持ちながら、クビライ・カンには及びもつかないハーストを、あえて”市民”と呼び、直接的に皮肉っているのでしょう。本作では、マンキーウィッツのそうした二面性も描かれていて、興味深いところです。

デヴィッド・フィンチャーは、常に質の高い話題作を撮ってきました。アカデミー賞は獲っていませんが、明らかに現代アメリカを代表する監督の一人です。「ソーシャル・ネットワーク」は、現代版「市民ケーン」とも言われ、数々の賞を獲得しましたが、アカデミー賞は監督賞ノミネートに留まります。本作の脚本は、ライフ誌のジャーナリストであった監督の父親が1990年代に書き上げ、映画化が試行されてきたようです。「市民ケーン」を彷彿とさせる現代アメリカの政治状況、そして潤沢な資金を持ちアカデミー賞をねらうNetflixの存在が、フィンチャー親子の執念を実現させたとも言えます。

脚本家という裏方を主人公にしたこと、ハリウッドが積み上げてきた制作技術へのリスペクト、政治的なスタジオに翻弄される制作スタッフへの目線、ハリウッドが生んだ最高傑作へのオマージュ、コロナ禍で進んだネット配信という映画の未来、デヴィッド・フィンチャーの執念、アメリカの政治状況のメタファーであること、そしてハーストに重なるトランプの敗北等々、ハリウッドで映画製作の現場に携わるアカデミー会員たちが票を投じざるを得ない要素ばかり。Netflixとデヴィッド・フィンチャーの意気込みを強く感じさせます。(写真出典:eiga.com)

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