2020年11月24日火曜日

「国葬」

 2019年オランダ・リトアニア   監督:セルゲイ・ロズニツァ

☆☆☆☆

リトアニアで発見されたスターリンの国葬に関する大量のフィルムをもとに制作されたドキュメンタリー映画です。時系列的に、ソヴィエト各地の映像をつなぎ、克明に独裁者の国葬をドキュメントしています。ナレーションもなく、あざとい編集もなく、実に客観的に記録フィルムだけがつなぎ合わされています。弔問の列に並ぶ膨大な数の国民の無表情な顔、おびただしい数の画一的な花輪、幹部たちによる事大主義的な追悼式典などが、客観的ではありますが、息苦しくなるほどの圧倒感を持って迫ります。見ているうちに、全体主義の耐え難い悪臭が立ち込め、嫌悪感が極大化するという仕掛けを持った映画と言えます。監督が、観客を不愉快にさせる実験をしているとも言えます。これを映画と呼ぶかどうか、多少考えさせられますが、ドキュメンタリー映画に新たな歴史を刻む映像といえるかも知れません。見ているうちに、本作のキャッチコピーを思いつきました。「スターリンは死してなお私たちを苦しめる」

監督のセルゲイ・ロズニツァは、1964年ウクライナ生まれ。大学では数学を専攻し、卒業後は、人工知能の研究にあたり、同時に日本語通訳もしていたようです。その後、映画撮影学校で学んだあと、主にドキュメンタリー映画作家として活躍します。2010年からはドラマも撮り、各国映画祭で高い評価を得ている監督です。監督が、数学者にして、AIの研究者と聞き、観ている者を意図的に不愉快にさせるというこの映画の構図が理解できたようにも思います。また、出身地ウクライナは、スターリンによる人為的な大飢饉によって400~1.450万人が虐殺されたホロドモールの起きた地であり、テーマへの思い入れは相当のものがあるはずです。

エンドロール直前の字幕で、スターリンの粛清による犠牲者が2,700万人、他に餓死者が1,500万人、そして56年にスターリン批判が起こったことが伝えられます。スターリンの大粛清とそれに続く日常的な粛清、そしてホロドモールに加え、他の強制力を伴う実験的な集団農場や農業政策の失敗が生んだ大飢饉を指しているのでしょう。ただ、その犠牲となった人々の数は、もっと多いという説も多数あります。悪魔ですら眉を顰めそうな大衆の犠牲者数ですが、党や軍の幹部に占める粛清された人々の割合は相当のものだったと思われます。

グルジア出身で背が低く、障害もあったスターリンは、若いころから、コンプレックスの塊で、冷酷な男だったと言います。権力を握ると病的な被害妄想に陥ります。政敵はもちろんのこと、批判的発言した者、邪魔になった者、さらには期待に応えられなかった側近でさえも、次々と処刑されています。話している時に、スターリンの目を見ていなかっただけで処刑された人々もいると言います。異常な世界としか言いようがありません。

毛沢東は「政権は銃口から生まれる」と言っていますが、暴力革命で独裁政権を樹立した共産主義者たちは、次に銃口を向けられるのが自分であることを知っています。マルクスが共産主義社会の青写真を提示できなかったために、幹部たちの価値観は共有されておらず、国家の運営に関する対立は尽きることがありません。共産党独裁国家に処刑を伴う粛清が絶えることはありません。(群衆三部作のポスター 写真出典:eiga.com)

マクア渓谷