生い立ちを反映したと思われる、女性的でエレガント、かつ上質感あるデザインこそ、彼女のブランドとしてのコア・コンピタンスでした。ブランド・ビジネスは驚異的とも言える大成功を納めます。一時期、日本中のありとあらゆる物に蝶のロゴが付いていました。しかし、「ハナエモリ」は、2002年倒産、プレタポルテは三井物産に引き継がれ、オートクチュールは自身が別会社で継続しました。ブランドとしての「ハナエモリ」の失敗は、デザイナーが森英恵だけだったことに起因する、と言われます。
昔、「ブランドはプロミスだ」とよく言われていました。ブランドは、お客さまに約束した価値を、安定的、かつ継続的に提供する、という意味です。約束した価値とは、単なるロゴではありません。あらゆる商品を一人でデザインすることは無理があり、「ハナエモリ」はロゴを売るビジネスに近い状態に至ったのかも知れません。結果、本来的なブランド価値までも傷め、ブランドとしての鮮度も失われることになったように思えます。
マーケティング的に言えば、ブランドは、認知度、忠実度、鮮度で構成されます。「ハナエモリ」のブランド認知は高く、顧客のリピート率も高かったと思われます。ただ、一人のデザイナーに依存した鮮度の確保には限界があります。欧州の老舗ファッション・ブランドは、次々と気鋭のデザイナーを採用し、新たなラインを提案していきます。常に新鮮な驚きを与えることの重要性を心得ているわけです。時代に迎合するのではなく、ブランド価値の新たな展開によって、時代を切り開いていると言えます。ロゴも定番商品も大事にしますが、それらはブランド価値そのものではありません。
記憶が曖昧なのですが、かつてアパレルの寿命は「ショップ5年、ブランド10年、会社30年」と聞いたように思います。いずれにしても移り変わりの激しい業界ですが、そのなかで長く続くブランドは、心底、賞賛に値すると思います。「ブランドはプロミス」を、ブランドは信用、と言い換えることもできます。顧客が支持した価値観をブレることなく保ち続けることなのでしょう。よろず商いは信用ということでしょうか。(写真出典:hanae-mori.com)