2020年11月11日水曜日

「親愛なる同志たちへ」

2020年ロシア   監督:アンドレイ・コンチャロフスキー

☆☆☆☆

今年83歳になったというロシアの巨匠アンドレイ・コンチャロフスキー監督の作品。今年、ベネチア国際映画祭で特別賞を獲得し、東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門にも出品されました。1962年、黒海の東部、ドン川流域の街ノヴォチェルカッスクで、実際に起こった暴動がモチーフとなっています。政府による厳しい弾圧から虐殺事件とも呼ばれます。保守本流とも言える巨匠の映画文法の見事さには驚かされます。 ファースト・シーンから引きずり込まれ、テンポ良くグイグイ引っ張られます。

1962年、農業政策の失敗から食糧難に陥っていたソヴィエトは、6月1日、肉とバターの値上げに踏み切ります。同時に、フルシチョフ首相は工業生産のノルマを引き上げます。ノヴォチェルカッスクの電気機関車工場では、労働時間を延長するとともに、賃率を引き下げ、政府要請に対応します。食料配給が滞るなかでの労働条件改悪が引き金となってソヴィエト時代最大の暴動が起こります。政府はコズロフ、ミコヤン等閣僚級を送り込み鎮圧にあたります。軍も出動しますが、民衆に向け発砲することは拒否します。ただ、フルシチョフの許可を得たKGBと憲兵隊が発砲し、26人が死亡、87人が負傷、扇動者とされた多くが逮捕され、7人が処刑されます。

政府は、徹底的な隠ぺいをはかり、ノヴォチェルカッスク虐殺事件が明るみに出たのはソヴィエト崩壊後の1992年でした。映画は、現地で撮影され、事実を忠実に再現しています。スターリンを信奉する市当局の女性幹部を主人公に、暴動に参加して行方不明になったその娘を探すという構成になっています。暴動を起こした側の視点で描かれることが多いテーマだと思いますが、当局側の女性が主人公という設定が本作のポイントです。党組織の末端にある市当局幹部は、いつもは権力を享受していますが、事件が起こると政府と民衆の板挟みになり、まったく無力な存在となります。そして娘を思う母性が組織の論理を超えていきます。共産党による一党独裁国家の矛盾が、あらわにされる構成となっています。

本作には、独裁国家と民衆や個人との関係に加え、赤軍に支配された国や文化という視点も盛り込まれています。主人公と同居する年老いた父親は、足が悪く、タバコだけが楽しみという老人ですが、暴動が起きた夜、コサック兵の制服を引っ張り出して着用します。主人公は、脱がないと逮捕されると叱責します。ノヴォチェルカッスクは、16世紀から高い独立性を保ってきたドン・コサックの拠点でした。ロシア革命時、コサック軍は赤軍に敗れ、ソヴィエトに編入されます。コサック兵の制服は、各地のナショナリズムや文化を押さえつけてきたソヴィエトへの直接的批判です。

黒澤明にあこがれて映画監督になったというコンチャロフスキー監督の白黒映像には熟達の技を感じます。第一次大戦の記録映像に着色した映画「彼らは生きていた」(2020年)は、過去の記録としてではなく、現実の戦争としての臨場感を伝えていました。本作は、逆に、白黒にすることで、実際に起きた事件としての生々しさを醸し出しています。(写真出典:realgood.com)

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