アルバム名:Plays Misty(1954) アーティスト名:エロール・ガーナー
エロール・ガーナーは、アンダーレイテッドなジャズ・ピアニストだと思います。歴史的名曲「ミスティ」が、あまりにも有名で、ジャズというよりもポップなピアニストと誤解されがちです。確かに、ミスティのヒット後、特に歌詞がつけられジョニー・マティスが世界的ヒットを飛ばした後は、ラウンジ・ミュージック的なレコードが多く録音されています。時代がハード・バップからモダンへと進むなかでは、やや古臭い感じもあったのでしょう。ただ、独特なビハインド・ザ・ビート奏法やビートの強さは、今でも魅力的です。唯一無二な音楽を奏でるジャズ・ピアニストだと思います。エロール・ガーナーの独特なピアノ奏法については、有名なエピソードがあります。拍に対してやや遅れ気味のタッチで弾くビハインド・ザ・ビートは、彼が楽譜を読めなかったためだと言われています。そうなのかも知れませんが、楽譜の読めないミュージシャンなど、ザラにいます。全員がビハインド・ザ・ビート奏法ってわけではありません。また、楽譜の読めない一流ミュージシャンほど優れた音感の持ち主でもあります。エロール・ガーナーのビハインド・ザ・ビートは、彼の感性に基づく独特な表現方法だと思います。また、ビートの強さは、彼が左利きだったからとされます。左手が強いタッチを生み、小気味よいビートにつながっている面はあるのでしょう。まあ、これとて決定的な話とは思えません。左利きのピアニストも多くいるはずですから。
名曲「ミスティ」は。濃霧のなか、NYからシカゴへ向かう飛行機の中で、ひらめいたメロディだと言われます。楽譜が読めない彼は、採譜することができず、忘れないようにメロディを口ずさみながら空港からホテルへ向かい、テープレコーダーを借りて急ぎ録音したと言います。絶妙なテンションの高さが、甘く都会的なメロディに独特な清冽さを与えています。まるで霧の中にいるような幻想的で不安定な印象を与えます。多くの歌手が歌っており、どれもいい味を出していますが、やはりエロール・ガーナーの弾くミスティが、 曲の魅力を最もストレートに伝えていると思います。
映画監督としてのクリント・イーストウッドは、実に多作な監督です。その第一回監督作品が1971年の「恐怖のメロディ」です。原題は”Play Misty for Me”でした。今風に言えば、ストーカーの恐怖が主題の映画であり、史上初のストーカー映画とも言われます。映画は、主人公であるラジオのDJのもとに、毎日、同じ時間にミスティをリクエストしてくる謎の女性から始まります。甘いだけではなく、都会的なアンニュイも感じさせるミスティという曲の選択が、映画のムードを決める大きな要素になっていました。
それにしても、ジャズのスタンダードには、甘いメロディに都会的なセンチメントが入った大人の曲が多かったな、と思います。明らかにミスティは、その代表格です。ちなみに都会的なバラードの神髄は、デューク・エリントンの”Sophisticated Lady”ではないかと思っています。失恋の痛みを忘れるために都会の遊び人を気取る女性が、人目のないところで涙する、という歌詞も都会の夜の一コマを描いています。(写真出典:hmv.co.jp)