ドイツは、自称ドイッチュラント。ドイッチュは、ゲルマン語の大衆を意味する言葉が起源だそうです。ドイツは、英語圏ではジャーマンと呼ばれますが、これはゲルマン人の土地という意味です。フランス語ではアルマーニュ。スペイン語のアレマニアも、ゲルマンの一派アレマン人の土地を意味します。東欧では古いスラブ語で言葉が話せない人を意味するネメックを語源とする呼称が主流です。これは、発語障害のことではなく、言っている言葉が分からない人々ということです。英語の野蛮人を意味するバーバリアンの語源となったギリシャ語のバルバロイも同様で、聞きづらい言葉を話す人、つまり他民族のことです。ギリシャ人には、他民族の言葉は、バルバルバルと聞えたのだそうです。
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プロイセン王国旗 |
第二次大戦のおり、チャーチルは、ドイツを「帝国の外である」と言っています。帝国とはローマ帝国のことであり、要はラテン語圏外の辺境だと蔑んでいたわけです。ドイツ、日本の共通点は、産業革命が起きた時に、中央集権化が遅れていたことです。ドイツは、17世紀、三十年戦争で荒廃し、神聖ローマ帝国とは名ばかりの群雄割拠状態が続きました。そのなかで台頭してきたプロイセンが、オーストリア、フランスを破り、1871年にドイツ帝国を建国します。日本は明治維新で中央集権化が実現します。その後、日本とドイツは驚異的速さで近代化を遂げます。
それが実現できた大きな理由は、既に資本が蓄積されていたこと、そして国が主導した重工業化だと思います。農業国プロイセンは富国強兵のために、表面的とは言えユダヤ人の同化政策を行います。ユダヤ人が軽工業を発展させ、資本が蓄積されていきました。日本では、江戸期の安定により、商業資本が蓄積され、軽工業の技術革新も進んでいました。中央集権化が実現した後は、国家主導による重工業化と海外進出が本格化します。英国の産業革命は、軽工業から始まり、時間をかけて重工業へと展開しましたが、ドイツや日本は、いきなり重工業化が進んだわけです。
経済的に遅れていた国は、新しい技術と設備をもって先行する国に追いつき、追い越します。それも、いつかは陳腐化し、さらに新しい技術と設備に投資した国に追い越されます。経済はその繰り返し。「帝国の外である」などと言っている国は、その帝国の外の国に追い越されるわけです。(写真出典:wikipedia.org)