2020年10月15日木曜日

蒲鉾

Go To トラベル・キャンペーンを活用して、平日の箱根へ行ってきました。驚きました。平日とはいえ、行楽シーズンの土日なみの大渋滞。ロマンスカーは空いていたので、コロナを気にして、近間へ車で出かけようという人が多いのでしょう。湯本の手前の風祭にある「鈴廣かまぼこの里」へ初めて行ってみました。大きな店内は、かまぼこのディズニーランド状態。ついつい爆買してしまいました。

なぜ小田原で蒲鉾製造がさかんになったのかというと、もちろん材料の魚が豊富であること、いい水があること、加えて箱根八里を越す際の保存食として重宝されたからだと聞きました。恐らく縄文時代には、魚の保存など考えもせず、その日に食べる分だけ漁をしていたと思います。農耕が始まり、余剰生産物を備蓄する文化が生まれ、魚の保存も発想されたのではないでしょうか。魚の保存は、干すか、焼くなど火を入れるか、あるいは馴れ鮨など発酵させることで、可能になります。

蒲鉾は、手間がかかり過ぎます。保存のために生まれた食品ではないと思われます。11月15日は「かまぼこの日」だそうですが、歴史的に見て、蒲鉾の初出は、平安時代の『類聚雑要抄』。関白藤原忠実の転居祝いの宴席に竹輪が献立として記録されているようです。これが1115年のことであり、11月15日をかまぼこの日に制定したとのこと。恐らく竹輪自体は、もっと古くから存在していたのでしょう。いつ、どこで、だれが発明したかは不明ですが、手間のかかり方からして、日常の保存食ではなく、ハレの日の御馳走だったのではないかと思います。

蒲鉾は、日本固有の食文化です。英語で蒲鉾は"Kamaboko" 。近年は"Surimi" の方がとおりがいいようです。近年、すり身の生産は急拡大しており、全世界で年間150万トン、うち日本が50万トンと聞きました。世界的に、栄養、保存、原材料の豊富さといった観点から優秀な食品と認識されているようですが、知名度をあげたきっかけは「カニカマ」でした。カニカマは、70年代に登場しますが、起源は諸説あります。しかし、現在主流のスティック状のものは、広島の大崎水産が最初だったようです。その後、宇部のヤナギヤが、製造機械を開発し、一気に広がったようです。

おりしも欧米の健康志向が高まった時期と重なり、寿司ブームをきっかけにカニカマは世界に広がり、定番化していきました。カニカマ製造機の発明が大いに貢献したわけです。現在、蒲鉾の多くは機械生産されます。それはそれで美味いのですが、やはり、いい魚で職人が丁寧に作った蒲鉾は、格別です。お高いですが、鈴廣の古今など、ほれぼれとする味です。ちなみに、鈴廣は、正月用に超高級蒲鉾も売っています。紅白二本詰めで18,000円。まさに関白の宴席クラス。うまいのでしょうが、さすがに庶民の手には届きません。(写真出典:kamaboko.com)

マクア渓谷