2020年9月3日木曜日

微笑みの国で

タイのホンダカーズ、日本フォルクスワーゲン、日本GMの社長を歴任したコンサルタントの佐藤満先生から聞いた話です。1985年、佐藤先生がタイに赴任した頃、ホンダのシェアは1~2%と惨憺たるものだったそうです。そこで先生は一計を案じます。タイの人々は王室好き。ことにプミポン・アドゥンヤデード国王は絶大な人気を誇っていました。先生は、王の誕生日にホンダ車をプレゼントすることを思いつきます。

近所のおじさんにプレゼントするわけではないので、その道のりは実に大変だったようです。何とか王室の了解を取り付け、アコードを1台プレゼントします。国王の誕生日には、TVが様々な行事等を終日中継するそうです。すると、あろうことか国王自身が宮廷の敷地内でアコードを運転する姿が映し出されたというのです。ホンダ車のシェアは、あっと言う間に12%まで上がりました。

十年くらい前のことですが、イッセイ・ミヤケのBao Bao というバッグが、突然、品薄になります。タイから訪日した人たちが、店にあるだけのBao Baoを買っていくというのです。理由は分かりやすいものでした。タイ王室のファッション・リーダー的なプリンセスがBao Bao を愛用していたらしいのです。

タイのマーケティングは簡単だな、と思ってします。ただ、残念ながら、現国王の人気はいまひとつ。コロナを避け、欧州の山中に20人の愛妾とともにこもっているとか、不実を理由に幽閉した王妃を側室として復権させた、とかロクなニュースはありません。それでもタイ王室の影響力の大きさは何一つ変わりません。

微笑みの国の名物の一つがクーデター。90年間に19回行われています。クーデターを合憲とする憲法、軍の強さ、民主主義の手続上の不備、貧富の差等が理由として挙げられます。興味深いことにクーデターはほぼ無血です。しかも民政化以降、クーデターを起こした軍は政権を返還しています。もはやクーデターという範疇では捉えられないようにも思います。その構図には、恐らく、影響力絶大ながら、それを能動的に行使することの少ない王室の存在があるように思います。ある意味、民衆も、政府も、軍も、王室の存在に甘え、民主主義を追求するプロセスに緩みがあるようにも見えます。立憲君主制の難しさが象徴的に現れているように思えます。
故プミポン・アドゥンヤデード国王    写真出典:plaza.rakuten.co.jp

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