2020年9月22日火曜日

抹茶ババロア

入院したなら、見舞いに持ってきてほしいものは三つ。一つは、ホテル西洋銀座の「西洋肉まん」。残念ながら廃版。バターたっぷりのブリオッシュにトリュフ入りの餡が入っていました。少し温めていただけば、鳥肌ものの絶品でした。大丸東京地下に残るデリショップで、何度も復活をお願いしましたが、かないませんでした。今一つは、浅草の梅むらの「豆カン」。いつまでも食べていたくなります。残る一つは、神楽坂、紀の善の「抹茶ババロア」。甘さ控えめの濃い抹茶ババロアは、数ある抹茶スウィーツの王様だと思います。加えて、あんこ、生クリームの取り合わせが見事です。

雲南原産と言われるお茶の歴史は古く、既に4700年前、神農が野草と茶葉を食べていたという記載があるようです。紀元前の漢代には、飲用として普及していました。日本への渡来は、奈良時代から平安初期。煎じるのではなく、粉末にして飲む抹茶法は、臨済宗開祖の栄西が、13世紀に伝えました。茶を摘むまでの20日間ほど覆いの下で育て、その生葉を蒸して乾燥させ、粉末にすれば抹茶になります。蒸して揉めば玉露になります。いずれも日本独自の製法です。

お茶の歴史は、資料も多く、かなりはっきりしていますが、抹茶を使った菓子類の歴史は判然としません。昔からあったようにも思いますが、そもそも和菓子は抹茶と一緒に食べるものなので、抹茶味の和菓子は存在していなかったようです。ネットで見る限り、どうも抹茶アイスクリームが、抹茶スウィーツの草分けなのではないかと思われます。既に明治初期の宮中晩餐会のメニューにあるそうです。

近年の抹茶スウィーツの先駆けは、京はやしや。試行錯誤を重ね、1969年に三条店で出した抹茶パフェには、抹茶アイス、抹茶ソフト、抹茶ゼリー等が使われていたそうです。京はやしやは、1753年、金沢に創業し、1878年には京都に進出。お茶の将来を懸念した五代目が、もっと手軽にお茶を楽しめるようカフェを開き、抹茶パフェを開発したそうです。

その後、徐々に浸透した抹茶スウィーツは、ここ20年くらい、ブームの様相を呈します。抹茶は、日本が世界に誇る食文化。流行りのお土産、流行りのカフェ・メニューといった単なるブームではなく、しっかりと定番化を図っていただきたいと思います。30年の歴史を持ち、いまや定番化した紀の善の抹茶ババロアは、その優等生だと思います。(紀の善の抹茶ババロア  写真出典:kinozen.co.jp)

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