2020年8月23日日曜日

而今

日本における曹洞宗開祖である道元禅師は、1223年、23歳のおり、南宋に渡り、天童山景徳寺で修行します。ある日、景徳寺で、食事や供物を担当する典座の老僧が、炎天下、笠も被らず、杖をつき、汗をダラダラと流しながら、キノコを干していました。歳を聞けば68歳といいます。800年前の68歳と言えば、今なら90~100歳くらいでしょうか。

道元が「誰か若い僧にやらせてはいかがですか」と言うと、老僧は「他は是我にあらず(他人は自分ではない)」と答えます。道元は、重ねて、「今日は暑いので、別の日にやったらいかがですか」と言えば、「更に何れかの時をか待たん(今やらなきゃ、いつやるのだ)」と言われ、道元は絶句します。

この時、道元は、大きな悟りを得ます。後に著書「正法眼蔵」のなかで「而今(じこん)」という言葉で表されます。「今、ここ」といった意味合いです。一般的には、今、ここでできることを一生懸命にやる、と理解されているようです。なかなかいい解釈ですが、道元が意図したものとは全く異なると思います。存在とは、過去でも、未来でもなく、今、ここにしかない、という意味であり、道元がたどりついた時空観そのものなのでしょう。

道元は、景徳寺住職である天童如浄の「心身脱落」という言葉に真理を悟ったと言われます。道元の言う「只管打坐(しかんたざ)」とは、雑念を捨てひたすら座禅することです。心体を一つにして、心体を消し去る。それが「心身脱落」、つまり無我の境地。修行は悟りを得るためのものではなく、修行こそ悟りであるという「修証一如(しゅしょういちにょ)」という訓えにつながります。人は皆仏心を持つ、仏心があるから修行する、修行すれば仏心があらわになる、といった思想が背景にあるのでしょう。

ある意味、釈迦の訓えを超えた大思想体系を構築した密教からすれば、道元の素朴で原理主義的な訓えは、疎ましかったと思われます。比叡山にいじめられた道元は、都を遠く離れた越前の山中に修行の場を開きます。永平寺です。今も、常に150人ほどの修行僧が座禅三昧の日々を送ります。

三重県は名張の木屋正酒造の「而今」は、実にバランスの良い名酒。大好きな日本酒ですが、数年前までは入手困難であり、飲むためには随分苦労しました。苦労して手にした而今は、今、ここでしか飲めないという思いをもって、ありがたく飲ませていただいたものです。
道元禅師  写真出典:sotozen.net

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