2020年8月29日土曜日

旅行鞄

近年は、国内旅行でもキャスター付キャリー・バッグを持参する人が大半を占めます。駅や空港が大型化し、歩く距離が増えたことが主因なのでしょう。私は、旅慣れたライト・トラヴェラーを気取り、あくまでも旅行鞄にこだわってきました。ただ、各種デバイスやコードを持ち歩くために荷物が重くなり、また加齢とともに重い鞄がしんどくなってきたため、キャリー・バッグを購入しました。使ってみると、これがなかなか便利なのです。

旅行鞄に限らず、鞄が日本に入ってきたのは明治の始め。鞄という言葉も明治期に初めて作られた言葉です。江戸期まで、従者のいる大名や武士は別として、庶民は振り分け荷物一つで旅をしていました。徒歩での移動が前提なので、徹底的にライト・トラヴェルにこだわり、軽くてかつ両手も自由になるという優れものです。矢立はじめ小物類は折り畳み式が多く、着替えはほぼ無し。街道と宿場が整備されていたことが大前提の旅だったとも言えます。

思えば、日本人は、昔から大の旅行好き。比較的移動が容易な狭い国土、南北に長く風土の異なる各地の存在、識字率の高さによる情報共有が進んでいたこと等が背景として考えられます。江戸期、原則として、移動の自由はありませんでした。ただ、参拝や湯治等は大目に見られていたようです。最も人を集めたのはお伊勢さんと言われます。「一生に一度はお伊勢参り」のキャッチ・コピーが効いたわけです。年間最大400万人と言われたお陰参りは、当時の日本人の10人に一人が行った勘定になります。

対して欧州では、旅は基本的に貴族や上流階級のもので、庶民は旅行等していなかったようです。従者のいる人たちに旅行鞄は必要ありません。産業革命以降、市民階級が豊かになり、かつ鉄道の普及によって旅行が始まり、旅行鞄の必要が生まれます。ですから、そもそも旅行鞄は、鉄道移動を前提に誕生したと言えます。

世界で最初の旅行鞄専門店は、1854年に創業したパリのルイ・ヴィトンです。平積みできるトランクに布を張った旅行鞄は評判となり、模造品も出回り始めます。コピー防止の観点から作られたモノグラムは、万博で見た日本の家紋に着想を得たというのは有名な話です。ちなみに日本人で最初にルイ・ヴィトンの鞄を購入したのは板垣退助。自由民権運動の父にして、庶民派政治家として知られる人がヴィトン最初の顧客というのも面白い話です。
振り分け荷物   写真出典:amazon.co.jp

マクア渓谷