2020年6月6日土曜日

営業昔話(9)商人哲学

昔々、江戸の頃の商人には哲学があったとさ。

伊藤忠商事の社是「三方よし(買手よし・売手よし・世間よし)」は、近江商人の訓えとして有名です。今でも通用する良い言葉ですが、実は昭和になってからの言葉です。近江商人は「近江泥棒に伊勢乞食」という言葉が残るほどですから、厳しい商売をしていたのでしょう。ただ、商いの根底には、三方よしに近い考え方があったのも事実だと思われます。そうでなければ、近江商人の成功もなかったのでしょうから。

石田梅岩
江戸期を代表する商人哲学者と言えば、石門心学創始者の石田梅岩です。11歳から30年以上、呉服屋で奉公し、その後、誰でも通える塾を開きました。石門心学は、商人哲学者でもある京セラの稲盛和夫さんが、世に知らしめました。梅岩の最も有名な言葉は「実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり」。顧客の利益、商人の利益があって、はじめて商売は成り立つ。当たり前に過ぎますが、商売が持続、拡大するための大原則でもあります。大丸創業者の下村彦右衛門は、その考えをさらに進め「先義後利」と言い切ります。義とは正しい道、公共性と考えればいいでしょう。つまり、顧客を第一に考えれば、利益は後からついてくる、という意味です。大塩平八郎の乱のおり、商人が次々と襲われるなか、平八郎が「大丸は義商なり、犯すなかれ」と言ったことから、焼き討ちを免れたという話は有名です。

千葉県の人気ナンバーワンの寿司屋は、回転寿司チェーンの「銚子丸」です。創業者の堀地速男は、鳴かず飛ばずの持ち帰り寿司店等を経営していました。お付き合いで米国研修へ出かけ、顧客満足度が大事と聞かされます。馬鹿なことを言うな、安く仕入れ、高く売るのが商売だ、と思ったそうです。ところが帰国後、自分は何が一番うれしいか、ということが気になり始めます。「おいしいね」と喜ぶ顧客の顔を見るのが、一番うれしいということに気づきます。そこで利益を削って、寿司ネタを大きくしました。顧客は大喜び、アッという間に千葉県ナンバーワンになりました。

商売は、儲けるために行います。利益を優先して当然とも言えます。しかし、商売も社会的分業の一部。世の中の役に立つから存在し、お客さまが必要とするから成り立ち、報酬を得ることができます。「先義後利」は当然の話です。問題は、実践できるかどうか。日々、それを意識して、自らを戒める仕組みも大事です。それが京都の商人哲学です。京都の若手経営者の多くは、稲盛和夫さんの盛和塾に参加しています。彼らの口癖は「そんなことしたら稲盛さんに叱られる」です。
写真出典:日本史事典.com

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