2020年6月30日火曜日

ラス・メニーナス

いつまでも見ていたい、その前から立ち去り難い絵というものがあります。私の場合、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、レンブラントの「夜警」、ラファエロの「キリストの変容」等々ですが、なかでも別格はベラスケスの「ラス・メニーナス」です。例えば、「夜警」は、人間が絵画という表現のなかでたどりついた最高傑作ではないかとさえ思います。「ラス・メニーナス」は、そうした名作とは異なり。絵画を哲学する絵画という極めて特殊な位置にあると思います。古来、実に多くの人たちが「ラス・メニーナス」を語ってきましたが、語らずにいられない絵なのです。

当たり前のことですが、絵画空間は、キャンヴァスの向こうに広がります。鑑賞者は、安全な位置から、キャンバスの中を覗き込みます。「ラス・メニーナス」だけは、絵画空間がキャンヴァスのこちら側に広がってきて、見ている者を取り込んでいきます。私たちは、もはや安全な傍観者の立ち位置を失い、戸惑うことになります。光と影、構図等を巧みに使い、見事な立体感を出している絵画は山ほどあります。とは言え、立体的に見える二次元の存在であることに変わりありません。「ラス・メニーナス」は三次元の中に存在し、まるでARがごとき効果を実感させます。

陰影、遠近法、構図等、実に細かく計算された技巧の積み重ねが、それを実現しているわけですが、最も直接的には、絵のなかに描かれた画家ベラスケス本人が鑑賞者を描こうとしていること、鑑賞者とは私たちではなく部屋に奥の鏡に映ったフェリペ4世夫妻であること、という構図が三次元を構成しています。そして画面右から入る光はじめ、技巧の数々が、三次元を現実的なものにしています。

ベラスケスの画法の特徴は、近くで見ると速くて荒いタッチが、離れてみると見事なまでに写実的であることです。後の印象派が獲得した技法を300年近く前に生み出していたわけです。また絵画を超える絵画という現代アートの作家たちが挑戦するテーマを400年も前に易々と成功させていたわけです。ベラスケスは、人間の視覚を感覚的に科学した人なのでしょう。さらに言えば、宮廷官僚としての成功も合わせ考えれば、人間を高いところから俯瞰する能力を持った天才だったとも思います。
「ラス・メニーナス(女官たち)」プラド美術館蔵   出典:wikipedia

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