2020年6月30日火曜日

営業昔話(12)真実の瞬間

昔々、一冊の本がサービスを変えたとさ。

ヤン・カールソン著「真実の瞬間」(87年)は、サービス・マーケティングの始まりを告げた本として有名です。カールソンは、旅行代理店の若き経営者でしたが、経営危機に陥ったSASスカンディナビア航空の社長に抜擢されます。カールソンは、わずか1年でSASを復活させました。後にバーバリゼーションと呼ばれることになる手法です。より顧客に近い川下の業界から川上の会社の社長を抜擢する方法であり、やはり経営危機にあった英国のバーバリ社がデパート業界から社長を抜擢し、成功します。

SAS社長に就任したカールソンは、顧客は従業員と会った最初の15秒でリピートするかどうか判断すると主張します。この15秒こそが「真実の瞬間」であり、顧客本位主義を宣言した瞬間でした。ナショナル・フラッグであるSASは官僚化が進んでいました。カールソンは、顧客フロントに大幅な権限移譲を行います。それは大きなコストカット、そして伝説的なサービスを生み出します。出発間際、カウンターで航空券を家に忘れたことに気づいた顧客に対し、グランド・スタッフが自らの判断で搭乗券を手渡す、といった具合です。

さらにカールソンは、SASの搭乗客の多くがビジネスマンであることを発見します。ターゲットをビジネスマンに定めたカールソンは、今や常識となったビジネス・クラスを発明します。SASの業績が急回復したのも頷けます。こうして、従前は物品の販売に限定されていたマーケティングが、サービス分野へと水平展開していったわけです。同じころ、伝統的マーケティングも、生産者目線のマス・マーケティングから、消費者目線のOne to One マーケティングへと大きく変化していきました。

その後、夢の国ディズニーランド、Noと言わない百貨店ノードストローム、ホスピタリティをブランド化したリッツ・カールトン等々、多くの伝説的サービスが、顧客本位のサービス・マーケティングを広めていきました。いまや常識となった顧客本位のマーケティングですが、「真実の瞬間」の持つ歴史的意義が変わることはありません。

「真実の瞬間」のなかに大好きな例え話があります。欧州の街角で働く石工に何をしているのかと尋ねると、一人は「石を削ってるんだよ」と答えます。別な石工は「欧州一の教会を建てているんだ」と答えます。下手な解説は不要ですね。
ビジネス・クラスに立つヤン・カールソン  出典:bilder i syd

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