2007年、能登半島を震度6強の地震が襲います。石川県としては、観測史上最も大きな地震でした。直後、輪島塗の名工・慶塚修兵衛氏を、お見舞いのために訪問しました。白塀をまわした広大な屋敷には、蔵が3棟あり、うち2棟が被害を受けたとのこと。ところが、中にあった塗り物は、一つたりとも傷がついていなかったというのです。「輪島塗というのは、それほど強いものなのです。」と慶塚さんは語っていました。それもそのはずです。輪島塗は、塗って削ってを繰り返すこと、実に70数工程。実用漆器としての輪島塗は、美しさのためだけに、その工程をこなしているのではありません。
慶塚さんのご好意で、工房を見せていただきました。数人のお弟子さん達が、黙々と塗りの工程をこなしていました。部屋の隅に、段ボールの箱があり、覗くと、きれいな吸物椀が無造作に入れてあります。「ああ、それですか。30年前、私が塗って、金城樓に納めたものです。」金城樓は、金沢一の老舗料亭です。「30年も、毎晩、熱いものを入れてるとこうなるんです。ほら、底が焼けているでしょう。」見た目には、黒字に金模様のきれいな椀ですが、よくよく見れば、確かに底はうっすら緑がかっていました。「ですから、店から引いてきて、今度は、息子が塗って、また納めます。」いささか驚いた私は「一体、輪島塗は何年使えるものなのですか?」と聞きました。その答えに、さらに驚きました。「塗り直しをすれば、末代まで使えます。」

干菓子皿 溜塗 出典:慶塚漆器工房