2020年4月21日火曜日

悪の凡庸さ

今年のアカデミー賞作品賞は、ポン・ジュノ監督の「パラサイト」。ポン・ジュノは好きな監督、「パラサイト」も上出来の作品、初となる外国語作品の受賞も快挙だと思います。ただ、大きくバイアスのかかった投票結果となったことも事実だと思います。個人的にはマーティン・スコセッシの「アイリッシュマン」がベストと思っていました。ただ、ネット公開作品への風当たりもあります。昨年の私のベストは「ローマ」 個人的には、Netflixが2年連続で傑作を生んだと思っています。

「アイリッシュマン」は、ほぼ実話。ジミー・ホッファ殺害は、死体・物証がないこと、他にも自白した人間が複数いることから、確定していません。スコセッシの画面の作り込みはいつも素晴らしいのですが、今回は、実話だけに一層気合いが入っています。その生み出す空気感は、スコセッシならでは。役者も、いつでもどこでも同じアル・パチーノ以外は、見事なまでにリアルです。ジョー・ペシの演技は国宝級。ハーヴェイ・カイテルも楽しんでいました。デ・ニーロに至っては、タクシー・ドライバー以来のはまり役。組織に属することで思考を停止した人間の虚ろさを体現していました。

伝説のヒットマン、アイリッシュマンことフランク・シーランは、自分の生業を振り返り「命令を受け、的確に実行し、報酬を得る。軍隊と同じだ。」と語ります。彼は、戦争中、イタリアの激戦地アンツイオで、上官の指示とは言え、ジュネーブ条約違反と知りつつ捕虜を殺害しています。ブファリーノは、即座に、アイリッシュマンの組織適性の高さを見抜き、イタリア人でもないのに組織に入れます。アイリッシュマンは、ハンナ・アーレントが言う「悪の凡庸さ」、つまり考えることをやめた普通の人が行う悪そのものです。ユダヤ人哲学者アーレントは、アイヒマン裁判を取材し、そこに怪物ではなく、平凡な能吏を見ました。

「世界最大の悪は、ごく平凡な人間が行う悪です。そこには動機も信念も邪心も悪魔的意図もありません。」その前提は組織の存在です。組織の統制が強ければ強いほど、構成員は思考を停止し、そのことに恍惚感すら感じます。ナチスやマフィアに限った話ではありません。私たちは、そこここに「悪の凡庸さ」を見ることができます。

アイリッシュマンことフランク・シーラン   出典:Note






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