「アイリッシュマン」は、ほぼ実話。ジミー・ホッファ殺害は、死体・物証がないこと、他にも自白した人間が複数いることから、確定していません。スコセッシの画面の作り込みはいつも素晴らしいのですが、今回は、実話だけに一層気合いが入っています。その生み出す空気感は、スコセッシならでは。役者も、いつでもどこでも同じアル・パチーノ以外は、見事なまでにリアルです。ジョー・ペシの演技は国宝級。ハーヴェイ・カイテルも楽しんでいました。デ・ニーロに至っては、タクシー・ドライバー以来のはまり役。組織に属することで思考を停止した人間の虚ろさを体現していました。
伝説のヒットマン、アイリッシュマンことフランク・シーランは、自分の生業を振り返り「命令を受け、的確に実行し、報酬を得る。軍隊と同じだ。」と語ります。彼は、戦争中、イタリアの激戦地アンツイオで、上官の指示とは言え、ジュネーブ条約違反と知りつつ捕虜を殺害しています。ブファリーノは、即座に、アイリッシュマンの組織適性の高さを見抜き、イタリア人でもないのに組織に入れます。アイリッシュマンは、ハンナ・アーレントが言う「悪の凡庸さ」、つまり考えることをやめた普通の人が行う悪そのものです。ユダヤ人哲学者アーレントは、アイヒマン裁判を取材し、そこに怪物ではなく、平凡な能吏を見ました。

アイリッシュマンことフランク・シーラン 出典:Note