監督: ジャファール・パナヒ 2025年イラン・フランス・ルクセンブルク
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映画は政治的なものです。政治をテーマにしているか否かを問わず、不特定多数が観ることを前提としている以上、映画は政治的なものです。本作は、イラン国内の政治的状況を背景として成立しています。ただし、政治力学を描くものではなく、権力の腐敗を描くものでもなく、政治に翻弄される民衆のジレンマを描いています。本作は、政治的圧迫を受け続けるパナヒ監督が秘密裏に製作した作品です。制約の多い制作ゆえ会話劇的な面もありますが、映画としてのパースペクティブも十分に確保されてます。2025年のカンヌ映画祭で上映され、パルムドールを受賞しています。また、カンヌには釈放された監督が14年分ぶりに姿を見せ、8分間のスタンディング・オーベーションに応えたことも世界に報道されました。政治的理由で服役したことのある人々が、受刑者たちを虐待していた看守とおぼしき人物を街で確保します。元受刑者たちの復讐心が、宗教や常識、あるいは恐怖との間で葛藤を起す状況が、時にコミカルに描かれています。イスラム全体主義下にあるイラン民衆の閉塞的な現状が端的に伝えられています。かつて世界の半分を支配するとまで言われたペルシャですが、近世になると列強、特にイギリスとロシア、後にアメリカの介入を受け続けることになります。1921年、クーデターを起こした軍人レザー・ハーンが皇帝となりパフラヴィー朝を開きます。近代化を目指したパフラヴィー朝は、第二次大戦に際し、英ソの影響を退けるために枢軸国に近づきます。しかし、これが逆効果となり、再び英ソが進駐します。20世紀初頭に発見された石油の利権は英国が握ります。
石油が生み出す巨大な利益は、英国と一部イラン人が独占し、国民は重労働と貧困のなかに置かれます。1951年に首相になった民族主義者モハンマド・モサッデクは、石油事業の国営化とソヴィエト寄りの路線を進めます。しかし、1953年には、アメリカとイギリスに担がれたモハンマド・レザー・シャーのクーデターが起こり、イラン国民は、再び、搾取される構図へと戻ります。しかし、1979年、ホメイニ師が先導したイラン革命によって状況は一変します。イラン・イスラム共和国の誕生です。国民は、欧米支配からの脱却を大歓迎しますが、一方で宗教的全体主義体制のもとで、徹底的な統制を受けることになります。本作は、まさにその体制下での大衆を描いており、監督自身も、逮捕拘禁、映画製作の禁止といった厳しい弾圧を受けることになります。
監督のスタンスは宗教全体主義への批判ですが、本作に込められたメッセージは、全体主義に抑圧されつつも行動を起こさない民衆へ苛立ちのようにも思えます。本作が、イランで秘密裏に撮影された直後、大規模な反政府デモが勃発しています。もちろん、本作はイラン国内で上映されていませんが、まるで監督のメッセージに応えるかのようなデモでした。きっかけは物価高でしたが、政府は武力弾圧、ネット遮断で応じ、数千人の死者が出たともされます。今般のイスラエル・アメリカによるイラン攻撃は、最高指導者ハメネイ師と政府指導部を殺害すれば、民衆が蜂起して政府を倒すという甘い想定のもとに決行されたように思います。しかし、結果的には、かえって国内を反米で団結させたように思います。アメリカが反政府運動を葬り去ったとも言えそうです。
監督は、「チャドルと生きる」(2000)でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞、「人生タクシー」(2015)でベルリン国際映画祭の金熊賞を獲得しています。今回、カンヌでパルムドールを受賞したことで、世界三大映画祭すべてで最高賞を獲得した4人目の監督となりました。他の3人は、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー、ミケランジェロ・アントニオーニ、ロバート・アルトマンです。かつて、シベリアで収容所生活を送ったソルジェニーツインが「収容所群島」でノーベル文学賞を受賞した際、作品ではなく政治的理由で受賞したと批判されたものです。ジャファール・パナヒ監督の受賞作にも、同じ批判があるのでしょう。しかし、繰り返しになりますが、映画は政治的なものです。作品の政治性が評価されることは当然だと思います。(写真出典:eiga.com)
