2026年5月8日金曜日

マッドマン・セオリー

Richard Nixon
あまりにも腹立たしいので、ドナルド・トランプの話などするつもりはありませんでした。ただ、気になることがあったので書くことにします。関税騒動からイラン攻撃に至るまで、トランプの交渉戦術を「マッドマン・セオリー」だとする記事が散見されます。確かに、”トランプは狂っている”と言いたくなりますが、交渉のなかでやっていることは単なる脅しに過ぎず、マッドマン・セオリーと呼べるようなものではありません。マッドマン・セオリーとは、相手に、自分が何をやるか分からない狂人だと信じ込ませ、譲歩や妥協を引き出す交渉戦術です。脅しとの違いはレベル感とも言えますが、マッドマン・セオリーは、相手に、単なる困惑ではなく、常識を越えた恐怖を与える戦術だと言えます。

マッドマン・セオリーは、大昔から存在していたものと思われますが、よく引き合いに出されるのがニクソン大統領の例です。ヴェトナム戦争時、ニクソンは、北ヴェトナムを交渉のテーブルに着かせるために、あいつは狂っていて核兵器を使いかねない、という噂を水面下で流したとされます。ちなみに、アル中だったニクソンは、実際に錯乱状態になることもあったようです。いずれにしても、ニクソンが、核爆弾という最終兵器を持ち出したこと、発射ボタンを押すことができる立場にあったことがポイントになります。東西冷戦下では、核ミサイルの発射が核の応酬につながり、人類が滅亡するというリスクが広く認識されていました。1972年、北ヴェトナムはパリでアメリカとの交渉を開始しますが、アメリカによる北爆の影響が大きかったとされています。

ニクソンのマッドマン・セオリーが奏功したわけではありませんが、究極の恐怖をもたらしたことは間違いないと思います。近年、マッドマン・セオリーを巧みに用いたのはプーチン大統領だったと思います。欧米の支援を受けたウクライナが攻勢に出ると、プーチンは戦術核の使用をほのめかします。同時に、プーチン不健康説も流布されていきます。恐らくマッドマン・セオリーを意識したプーチンの戦術だったのだと思います。ニクソンにしても、プーチンにしても、劣勢に置かれた状況でマッドマン・セオリーを使っています。それは単なる偶然ではなく、劣勢であることがマッドマン・セオリーの真実味を高めるからなのだと思います。窮鼠猫を噛む、というわけです。マッドマン・セオリーは、弱者の捨て身の戦術と言ってもいいのかもしれません。

マッドマン・セオリーは、自らも相当な打撃や不利益を受けることを前提に成立するのだと思います。自らの破滅も厭わないという狂った覚悟が、相手に恐怖を与えるわけです。核ミサイルを撃てば、自らも核ミサイルの報復を受けることは明らかです。トランプの100%関税は、自国経済への影響もあるわけですから、マッドマン・セオリー的かもしれません。ただ、コントロール可能なレベルの悪影響と言えます。”イランを石器時代に戻してやる”といったトランプ発言は、常軌を逸していますが、到底、マッドマン・セオリーと呼べるようなものではなく、ただの威嚇に過ぎません。トランプの常識外れな言動は、狂っているとしか言いようがないわけですが、あくまでも計算された交渉術の範疇だと思います。そういう意味ではよく徹底されているとも言えます。

狂人ネタニヤフは、首相退任とともに収監される恐れがあり、戦争を継続して首相であり続けるしかありません。支持率を回復したいトランプは、ユダヤ人の金と票を握るネタニヤフにけしかけられてイラン攻撃に踏み切ったとしか思えません。イエスマンで固めたトランプ政権は、読み違え、誤算を繰り返しています。世界は、もはやトランプの脅しを見透かしています。脅しどころか、マッドマン・セオリーすら通用しない国があるとすれば、それはイランです。もし、トランプがマッドマン・セオリーを使うとすれば、そこで起きることはイランの譲歩ではなく、地域を越えたエスカレーションだと思います。視聴率アップだけが身上のTVマン・トランプは、腹をくくることもできず、あるいは狂気に陥る可能性もないと思います。皮肉にも、トランプの信念の無さ、俗っぽさが、世界を真の恐怖から救うのかもしれません。(写真出典:amazon.co.jp)

能島