2026年1月25日日曜日

ファスナー

かつての日本では、ファスナーは”チャック”と呼ばれていました。チャックという言葉が、いつ、そしてなぜ消えたのかは判然としません。ファスナー自体は変わることなく存在しているのに、最も一般的だった呼称が消える現象は珍しいことだと思います。チャックは、初の国産ファスナーのブランド名でした。1927年頃、尾道の”チャック・ファスナー社”が、国産ファスナーの製造を始め、巾着をもじった”チャック印”というブランド名で販売しました。これが一般名詞化したわけです。ファスナーの呼称に限らず、私語禁止を意味する”口にチャック”などという言い回しも、ごく普通に使われていたものです。

チャック一辺倒の世界に、”ジッパー”という言葉がにじんできたのは、1960年代末ではないかと思います。その頃、ジーパンと呼ばれていたジーンズが大いに普及したことが背景にあるのでしょう。ジーンズは、敗戦とともに日本に流れ込みますが、1960年代には、エドウィン、キャントン、ボブソン、ビッグジョンといった日本のメーカーが続々と参入し、市場は拡大していきます。アメリカでジーンズのファスナーは”ジッパー”と呼ばれていました。アメリカ文化に憧れる若い世代を中心に、ジッパーという呼び方は日本でも広がっていきました。ジッパーは、かつてタイヤ・メーカーとして知られたBFグッドリッチ社が、1923年にファスナー付のオーバーシューズを発売した際の商品名に由来します。速く閉める際の擬音だったようです。

一般名詞としてのファスナー”fastener”は、締めるものを意味し、他にも様々な道具類が存在します。新発明だったファスナーは、ブランド名で呼ぶしかなかったのでしょう。ファスナーに関する初めてのアイデアは、ミシンを発明したアメリカのエリアス・ハウによって生み出されたようです。ハウのアイデアは、うまく細工された靴の引き紐だったようで、商品化はされていません。1892年、アメリカのホイットコム・L・ジャドソンが、現在のファスナーの原型となる発明で特許を取り、新たな靴の留め具として商品化しています。翌1883年に開催されたシカゴ国際博覧会にも出品されますが、まったく注目されなかったようです。ジャドソンが創設した会社に、1906年、ギデオン・サンドバックが入社し、ファスナーの改良、普及に貢献することになります。

サンドバックの最も大きな貢献は、1917年に特許を取った分離可能なファスナーの開発だったといえるのでしょう。この発明が、ファスナーを靴やポーチから衣服へと展開させることになります。衣類への適用は子供服から始まったようですが、1937年に、紳士服のズボンの前立てに適しているのはボタンかジッパーかという論争が起こり、ジッパーが勝利します。パリのファッション・デザイナーたちが主導したというこの論争を機に、ジッパーは急拡大していったとされます。サンドバックが在籍した会社は、その後「Talon」と名称変更し、圧倒的な世界シェアを獲得するに至ります。ちなみに、現在の世界シェア・トップは、富山のYKK(旧吉田工業)です。一貫生産と株式非上場という強みが安定的な高品質を実現し、マーケットを広げていったとされます。

日本でファスナーという呼称が定着した経緯は判然としません。ただ、海外ではファスナーが一般的だったので、国際化に伴って定着していったのでしょう。その後、ファスナーには、線ファスナーと面ファスナーという区分が生まれます。1955年、スイスのジョルジュ・デ・メストラルが、マジック・テープを発明したからです。マジック・テープの活用も、子供用の靴から始まったようです。靴の締め具には、その後も様々なアイデアが投入されています。例えば、ゴルフシューズのダイアル式のBOA、ソロモンのクイック・シューレース、カンペールのゴム製エラスティック・シューレース等がすぐに思い浮かびます。それぞれ一長一短があり、靴の締め具としては、やはり靴紐が主流であり続けています。個人による足の形状差が大きく、その調整には靴紐が優れているからなのでしょう。(写真出典:lyncs.ykkfastening.com)

鉢木