2025年12月6日土曜日

「フランケンシュタイン」

監督:ギレルモ・デル・トロ        2025年アメリカ

☆☆☆+

ゴシック・ロマンに新たなマスター・ピースが誕生したように思います。フランケンシュタインは、吸血鬼ドラキュラ、ノートルダム・ド・パリ、ジキル博士とハイド氏などと並んで、19世紀ゴシック・ロマンを代表する作品です。メアリー・シェリーが、フランケンシュタインを出版したのは1818年のことでした。彼女は、アナキズムの創始者ウィリアム・ゴドウィンとフェミニズムの創始者メアリー・ウルストンクラフトの娘として、ロンドンに生まれます。ロマン派詩人パーシー・シェリーと結婚し、夫妻の盟友だった詩人バイロン卿に勧められてフランケンシュタインを書いたと言われています。

フランケンシュタインは、ドラキュラ同様、多くの娯楽作品のテーマとされてきました。ただ、これほど原作が無視されている作品も少ないのではないかと思います。まずは、フランケンシュタイン博士が死体から作り上げた怪物は無名だったのですが、いつしかフランケンシュタインと呼ばれるようになりました。また、初めから知性を持って誕生した怪物は、知性を持たないただの化物にされ、ロマンにあふれ哲学的でもあるストーリーが、単純な怪物退治の話に翻案される傾向があります。全ての間違いのもとは、1931年にハリウッドが製作し、世界的に大ヒットした映画「フランケンシュタイン」にあります。とりわけ、怪優ボリス・カーロフが演じた四角い頭の怪物は、フランケシュタインの定番イメージとなりました。

本作も、原作を忠実に再現しているわけではありません。ただ、翻案は、原作が持つテーマやテイストを尊重、ないしは強調する形で行われています。原作を、映画というフレームに収めるための工夫でもあるのでしょうが、原作以上に深みのある人間性の追求、あるいは産業革命以降の近代史観が巧みに織り込まれ、作品に奥行きを与えています。そういう意味では、原作を超える作品とも言えそうです。また、人間の強欲が生んだ20世紀の自然破壊という今日的な視点も盛り込まれています。それでいて、ゴシック・ロマンとしてのテイストやエンターテイメント性も十分以上に確保されています。「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017)で各賞を総ナメにしたギレルモ・デル・トロですが、本作は、新たな代表作となるのでしょう。

また、デル・トロのスティーム・パンクへの思い入れも見事なものです。スティーム・パンクは、レトロでノスタルジックな19世紀的時代感を端的に表します。それだけでなく、科学が人間の想像力や夢のなかにあった時代を象徴しているとも言えます。20世紀になると、強欲さをむきだしにした資本主義は、科学に経済的な効率を最優先するというタガをはめていきます。科学の進展は喝采を浴びますが、人間よりも機械が優先される事態を生み、社会的な抵抗の動きも起きます。自然破壊に関しても警鐘が鳴らされますが、20世紀前半までは決して大きな動きではなかったように思います。スティーム・パンクは、科学技術が、まだ人間性や自然との調和をある程度保っていた時代への憧憬だと言えるのかも知れません。本作は、シェイプ・オブ・ウォーターの前日譚、あるいは原点のようにも思えます。

フランケンシュタイン博士役の オスカー・アイザック、怪物を演じた ジェイコブ・エロルディの名演が光ります。しかし、キャスティングで特筆すべきだと思ったのは、エリザベス役にミア・ゴスを起用したことです。原作のエリザベスはフランケンシュタイン博士の婚約者ですが、デル・トロ版では博士の弟の婚約者であり、博士と怪物の心をつなぐ結節点の役割を担います。デル・トロの思想をストーリーのなかに落とし込むにあたり、極めて重要、かつ象徴的なキャラクターと言えます。演技というよりも存在感の有り様がより重要な役回りだと思いますが、ミア・ゴスが持つ摩訶不思議なムードがピッタリはまっていました。(写真出典:eiga.com)