2025年11月20日木曜日

ダーティ・ハリー

かつて、週末の映画館は、オールナイト上映を行っていました。いわゆる“オールナイト”は、1950年代末、博多の映画館から始まったと聞いたことがあります。ほとんど廃れましたが、池袋の新文芸坐といった一部の名画座では、まだ行われているようです。多くは、特集スタイルで、シリーズもの、あるいは特定の監督や俳優の作品などを、3~4本、まとめて上映します。例えば、1970年代に大人気だった仁義なき戦いシリーズなどは何度もオールナイト上映されていました。ダーティ・ハリー特集も定番の一つでした。ハリー・キャラハン刑事がホットドッグを食べながら、マグナム44を撃つシーンは大人気でした。仲間たちと、映画館にホットドッグを持ち込み、ダーティ・ハリーに合わせて食べるなんてこともしていました。

「ダーティ・ハリー」(1971年)は、ドン・シーゲル監督とクリント・イーストウッドが組んで制作されました。ドン・シーゲルは、B級アクション映画専門の監督でした。ちなみに、名匠サム・ペッキンパ-は、彼の弟子の一人でした。また、クリント・イーストウッドもマカロニ・ウェスタンの俳優という程度の知名度しかありませんでした。ところが、ダーティ・ハリーは映画史に残る大ヒットとなり、二人は一躍有名になります。映画はシリーズ化され、5作が撮られています。また、警察官が力を誇示するために過度な暴力を振うことが”ダーティ・ハリー症候群”と呼ばれるなど、社会的な影響力もありました。その後に制作されたアメリカの刑事映画はすべて、なんらかの形でダーティ・ハリーの影響を受けているとも言われます。

アメリカ映画のなかの刑事と言えば、組織の論理に流されない一匹狼で、悪人には厳しいが仲間や街の人たちの信頼は厚く、仕事へのこだわりや没頭ぶりから家庭は崩壊している、といったイメージが浮かびます。こういったステレオ・タイプなイメージは、ハリー・キャラハン刑事に由来するところが大きいのかもしれません。自主独立は、アメリカ建国の精神であり、アメリカ人の好むところです。加えて、被害者の視点からの正義を愚直に押し通すハリーの潔さが、アメリカ保守層の心を捉えたわけです。アメリカ社会は、泥沼化したヴェトナム戦争、若者の間に広がったカウンター・カルチャーによって、伝統的な価値観が揺らいでいた時代です。ダーティ・ハリーは、そうした世相に反撥する保守反動層を代弁する映画でした。

ダーティ・ハリーは名台詞も生み、AFIの名セリフベスト100には2つも選ばれています。1作目からは”You've got to ask yourself one question 'Do I feel lucky?' Well, do ya, punk?”が51位、そして4作目で登場する”Go ahead, make my day.”は、ダーティ・ハリーを象徴するセリフとなり、堂々の第6位となっています。”やってみろよ、俺を楽しませてくれ”という意味ですが、意訳するなら”やれるならやってみろよ”となるのでしょう。ハリーは、ダイナー強盗たちを射殺しますが、一人だけ残った犯人がウェイトレスを人質に取ります。ハリーは、たじろぐことなく、拳銃を犯人に向け、このセリフを吐くわけです。このセリフは広く知られ、特に保守層には大人気となり、ロナルド・レーガン大統領や共和党支持者のイーストウッド自身も政治集会の演説で使っています。

また、日本ではマグナム44として知られるハリーの大型拳銃も有名です。マグナム44はレミントン社の0.44インチの大口径弾薬のことであって、拳銃の名前ではありません。ハリーは、大型のスミス&ウェッソンM29拳銃に、マグナム44弾を装填しています。狩猟用の大型拳銃は、カウボーイを連想させますが、それも計算済みの演出だったと言えます。S&W.M29は、決して需要の高い拳銃ではありませんでしたが、映画のヒットで世界最強の拳銃として知られることになり、定価の3倍以上で取引されたと聞きます。ダーティ・ハリーのセリフ、拳銃、ホットドッグなどは、すべてB級アクション映画の真髄を心得たドン・シーゲルらしいこだわりでした。さらに、ダーティ・ハリーの音楽はラロ・シフリンが担当しています。このB級映画音楽の大家は、スパイ大作戦、燃えよドラゴンはじめ実に多くの映画やTVの音楽を担当しています。(写真出典:eiga.com)

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