2025年9月24日水曜日

カサブランカ

憧れのカサブランカへ行ったのは、45年も前のことです。スペイン語で”白い家”という意味のカサブランカは、モロッコ最大の都市であり、港湾と商業の街です。なぜカサブランカに憧れていたのかというと、ひたすら映画「カサブランカ」(1942)の影響ということになります。大スターであるハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが主演し、アカデミー賞を獲得した歴史的名作です。とりわけ好きな映画というわけではありませんが、とにかく超有名な映画であり、子供の頃から何度かTVで見た記憶があります。第二次世界大戦中に製作され、反枢軸国という政治的スタンスのうえにセンチな大人のラブ・ストーリーが展開されます。テーマ曲「As Time Goes By」も大ヒットし、数々の名セリフもよく知られています。

最も有名なセリフは「君の瞳に乾杯」だと言えます。American Film Instituteの名セリフ・ベスト100でも、第5位にランクされています。英語では”Here's looking at you, kid”ですが、”君の瞳に乾杯”は歴史的名訳だと思います。印象的なラスト・シーンに使われる「ルイ、これが俺たちの美しい友情の始まりだな」、バーグマンが馴染みのピアニストに言う「あれを弾いて、サム、”As Time Goes By”を」も有名です。ただ、個人的な一番のお気に入りは別にあります。「昨日の夜はどこにいたの?」と女性に聞かれたボガートが「そんな昔のことは覚えていない」と答え、さらに「今夜は会える?」と聞かれ「そんな先のことはわからない」と返します。クールな二枚目ハンフリー・ボガートゆえに成り立つ名セリフだと思います。

カサブランカは古い港町ですが、16世紀にはポルトガルが占領し、18世紀以降はアラウィー朝モロッコが支配下に置きます。20世紀初頭には、住民暴動を制圧したフランスの保護領となります。映画が時代設定とした1941年には、フランスのヴィシー政権下にありましたが、自由フランスはじめ連合国側も暗躍するという複雑で危険な街でした。脚本は、このような背景をしっかりとプロットに編み込んでおり、見事な出来だと思います。また、監督のマイケル・カーティスはハンガリー出身のユダヤ人であり、他の製作スタッフの多くも欧州を逃れてきた人々でした。彼らの思いこそ、単なるメロ・ドラマと侮れない理由の一つでもあります。また、撮影は、すべてハリウッドで行われており、カサブランカの街はまったく登場しません。

つまり、私は、カサブランカの街に憧れたのではなく、映画に憧れていただけなわけです。実際のカサブランカは、いたって現代的で無機質な街でした。フレンチ・コロニアルなテイストも期待しましたが、それすらありません。もちろんメディナ(旧市街)にも行きましたが、例えばタンジールのメディナのようなエスニックな魅力には欠けました。カサブランカには2泊したのですが、市内の観光などそこそこに、丸一日を使って250km南にあるマラケシュ観光に出かけました。世界有数の観光地マラケシュは、かつての都であり、数々の映画のロケ地でもあり、クロスビー、スティルス&ナッシュの”マラケシュ・エキスプレス”(1969) のヒット以降は世界中のヒッピーが目指す街にもなりました。結局、モロッコ観光のハイライトはマラケシュになりました。

世界三大がっかりと言えば、シンガポールのマーライオン、ブリュッセルの小便小僧、コペンハーゲンの人魚姫。日本の三大がっかりは、札幌の時計台、高知のはりまや橋、長崎のオランダ坂と言われます。要は、高名にも関わらず、意外と規模が小さかったということなのでしょう。こちらが勝手にイメージを膨らませすぎてがっかりだったという意味では、カサブランカも加えたいところです。アニメやドラマの聖地巡礼は大流行ですが、映画「カサブランカ」の場合は、モロッコのカサブランカではなく、ハリウッドのスタジオに行くべきなのでしょう。モロッコに行くなら、訪れるべきはフェズ、マラケシュ、タンジールだと思います。個人的には、ラバトも好きでした。今までも、ラバトのシェヘラザード・ホテルで食べたクスクスが美味しかったことを覚えています。(写真出典:bookoff.co.jp)

南都焼討