2025年7月18日金曜日

「F1」

監督: ジョセフ・コシンスキー     2025年アメリカ

☆☆☆+

ゲームに匹敵するスピード感、ゲームを超える映像、これが今どきのアクション映画がヒットする大きな要因だと思います。それを高いレベルで証明したのがジョセフ・コシンスキー監督の「トップガン マーヴェリック」(2022)だったと思います。コシンスキー監督は、空間認識能力が極めて高い人だと思います。それもそのはず、コシンスキーは、スタンフォード大で機械工学、コロンビア大で建築学を学び、教壇にも立つという異色の監督です。「オブリビオン」(2013)や「トップガン マーヴェリック」では、その能力が遺憾なく発揮されていました。ただ、その能力を発揮出来ないタイプの映画では、卒のない演出は見事ながら、やや凡庸な作品になる傾向があります。

空間認識能力の発揮にはいささか限界があるF1の世界ですが、本作は、リアルな映像とテンポの良さで迫力ある映画になっています。FIA(国際自動車連盟)の全面協力によって、実際のレース映像が使用され、実際のコースでの撮影が可能だったことが大きかったと思います。実際の映像との組合せは、質感の違いなどもあって、なかなか難しい手法ですが、実にスムーズで違和感のない仕上がりになっています。記録映像の質が向上している面もあるのでしょうが、監督の腕によるところが大きいと思います。特に、よく計算されたカットの切替えとテンポの良さがスムーズさを生み出しています。156分という長尺にも関わらず、だれることなくテンションをキープしています。これが本作の大きなポイントだと思います。

カー・レース版のトップガンといった風情のストーリーは、リアリティに欠け、漫画チックです。ただ、ハリウッド伝統のサクセス・ストーリーの基本は押さえてあり、良く出来たプロットだと思います。近年、シリアスな芝居でドラマを深掘りするのではなく、シーン、カット、音楽で流れるようにドラマを構成するスタイルが流行っているように思います。”オッペンハイマー”や”国宝”などが典型であり、”トップガン マーヴェリック”も同じスタイルだったと思います。本作では、プロットが、そうしたスタイルと見事にマッチしていると思います。また、ニヒルでオフビートな見た目にも関わらず、内面には熱い思いや優しさを秘めるというブラッド・ピットらしさが、このプロットでは良く活かされていると思います。はまり役の一つになったと思います。

カー・レース、あるいはカー・アクション映画のリアリティを高める要素の一つが、エンジン音だと思います。本作では、映像や音楽などに高い技術力がフルに活用されていると思うのですが、エンジン音に関しては、今一つ魅力を感じませんでした。F1マシーンが搭載するエンジンの進化は凄まじく、エンジン音も大いに変わっているのかもしれません。ひょっとすると本作のエンジン音は、実にリアルな音になっている可能性もあります。だとしても、低音を響かせる音に仕上げ、最新のサウンド・システムで響かせるくらいの工夫が欲しかったところです。昔、エンジン音で驚かされた映画と言えばピーター・イエーツ監督の「ブリット」でした。エンジンが違うことは理解しますが、オールド・ファンとしては、ブリット並みのエンジン音が欲しかったところです。

本作は、徹底的な娯楽映画だと思います。マニアックなレース・ファン向けの映画でも、人生や人間関係の奥深さを味わう映画でもありません。カー・レース映画の代表作と言えば、人間模様を描いた「グラン・プリ」(1966)、マニアックな「栄光のル・マン」(1971)、ライバル関係を描いた「ラッシュ/プライドと友情」(2013)などがあげられます。近年は、ワイルド・スピード・シリーズはじめ、派手なカー・アクションをウリにする映画が多いのですが、レース映画としては「フォードVSフェラーリ」(2019)などの佳作もあります。F1レースには華やかな面もありますが、基本的には、マシーン、運転技術、戦略・駆け引き、そして命を懸ける度胸、と人間を惹きつける要素にあふれています。カー・レースは、古代ローマに始まる長い歴史を持っているとも言えます。本作は、原初である古代ローマの戦車競走に近いレース映画なのかもしれません。(写真出典:eiga.com)

玄冶店