2025年9月28日日曜日

ケバブ

かつて、日本でケバブと言えば、インド料理店で出されるシシ・カバブのことでした。40年くらい前に、イスタンブールへ行った際、ケバブ専門店で食事しました。その店は、40数種類のシシ・ケバブを出すというので驚きました。全て串焼きではありますが、肉の種類、肉の切り方、ソース等の組合せで、その数になるわけです。さらに、数種類のドネル・ケバブもありました。シュハスコと同じスタイルで、焼き上がったケバブが運ばれてきます。10種類くらいは食べたように思います。日本で、ケバブの知名度が上がったのは、2000年前後と言われます。トルコやイラン系の人が増えたことで、ドネル・ケバブの屋台が登場し、今はフランチャイズ店へと広がりを見せています。

世界三大料理と言えば、フランス料理、中華料理、トルコ料理です。いつの頃かは分かりませんが、欧州の美食家やコックたちの間で言われ始めたようです。フランス料理、中華料理は、馴染みもあるので分かりますが、なぜトルコ料理なのかと疑問に思う人も多いはずです。トルコ料理の起源はオスマン・トルコの宮廷料理にあるとされます。オスマンは、中東、東欧、北アフリカを支配する広大な帝国でした。多様な文化、多様な食材が集まり、多様な料理が生まれたとされます。また、その料理は、広いオスマン・トルコの領内はもとより、近隣のロシア、インドといった国々の料理にも大きな影響を与えました。つまり、単に美味しいというだけでなく、その歴史や影響力の大きさもあって、世界三大料理の一つとされているのでしょう。

シシ・ケバブのシシは串を意味し、ケバブは焼いた料理全般を意味するようです。シシ・ケバブは、串焼きと訳されるわけです。一方、ドネル・ケバブのドネルとは回転を意味し、スライスした肉を垂直な串に刺し重ね、回転させながら焼きます。肉は、スライス前に味付けされています。焼けた表面を削ぎ落として食べます。羊の丸焼きをした場合、食べる人には部位による不公平が生じます。そこで18世紀に、スライスした肉を串刺しにして、横に回しながらあぶるスタイルが考案されたようです。19世紀には、古都ブルサで、メフメトウル・イスケンデル・エフェンディが、現在の縦焼きスタイルを始めています。縦焼きのドネル・ケバブは、イスケンデル・ケバブとも呼ばれますが、考案者の名前が付けられているわけです。

縦焼きは、場所を取らない、焼けた表面から食べられるというメリットがあり、人気を集めたのでしょう。削ぎ落とした肉は、皿に盛られ、トマト・ソースと溶かしバターをかけ、ヨーグルトを添えて供されます。世界中に広まったドネル・ケバブは、皿盛りではなく、ファスト・フードとしてのケバブ・サンドが主流です。ケバブ・サンドは、ピタ・パンに肉と野菜を詰め、トマト・ソースとヨーグルトを混ぜたソースをかけて食べます。面白いことに、ケバブ・サンドは、トルコではなく、ベルリン発祥の食べ物です。トルコからドイツに移民したカディル・ヌルマンが、1972年、屋台で売り始めたようです。ドイツでは、全土に16,000軒のドネル・ケバブ屋があると聞きます。もはや国民食といったところです。300万人のトルコ移民を抱える国らしい話です。

トルコと日本は、1890年のエルトゥールル号事件以来、長く友好的な関係にあります。それでもトルコ料理には馴染みが薄かったわけです。他国の文化に馴染みがあるかどうかは、ひたすら人の往来の多寡によるものなのでしょう。40年前のトルコ旅行は、結構、お得に行くことができました。というのも、日本人観光客の少なさを憂慮したトルコ政府が打ち出したキャンペーンを利用できたからです。当時、トルコを訪れる日本人は、年間でも2千数百人に過ぎませんでした。中国、韓国、欧米とは比較にならないほど少なかったわけです。近年、トルコやイランはじめ中東系の人が増えたこともあり、ドネル・ケバブ屋は更に普及していくように思います。ケバブ・サンドの手軽さから、お祭りの屋台の定番になっていく可能性もあります。(写真出典:hotpepper.jp)

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