なるとの若鶏半身揚げは、北海道産の若鶏の半身に塩をして揚げただけの料理です。塩分がややきつめですが、香ばしさと相まって、なるとの魅力となっています。もともと鶏肉には塩味がよく合うものですが、寒い港町の労働者には、なお濃い塩気が必要だったのでしょう。似たような料理としては、旭川の”新子焼き”が100年フードに認定されています。こちらは、若鶏の半身にタレを付けて焼いたものです。戦後まもなくから旭川のソウルフードとして親しまれているようです。新子とは、もともとコノシロの幼魚のことであり、若鶏を意味しています。宇都宮にも、隠れたソウルフードとして”かぶと揚げ”があります。こちらは、もも以外の半身に衣を付けて揚げたものです。見た目が兜に似ていることからかぶと揚げと呼ばれます。
信州松本の“山賊焼”も有名ですが、これは半身ではなくもも肉をニンニクを効かせた醤油タレに漬け込み、片栗粉を付けて揚げたものです。焼きと言いながら揚げ物です。同様なレシピで揚げずに焼いているのが、岩国のいろり山賊名物の”山賊焼”です。こちらは骨付きのもも肉を使います。いろり山賊の前身は、広島の居酒屋であり、その時代から名物メニューだったようです。もも焼き系では、丸亀発祥の”骨付鶏”も魅力的です。数ある山賊焼系では、最もニンニクを効かせた代物だと思います。そのパンチ力がクセになります。話をもも焼き系にまで広げれば、フライド・チキン、ロースト・チキンはじめ、世界中に似たような料理が数多く存在するものと思われますが、半身揚げ、半身焼きとなれば、なかなか無いように思えます。
なるとの若鶏半身揚げは、シンプルで、誠に潔の良い食べ物だと思います。鶏肉の新鮮さと揚げ方の腕前だけで勝負しています。半身を素揚げするメリットは、豪快さや食べ応えなのでしょうが、旨味を上手に閉じ込める効果も大きいように思います。デメリットとしては、揚げ時間が長くなることと揚げムラが生じる恐れがあることなのでしょう。なるとの場合、胸の部分に包丁を入れてありますが、見事に均一な揚げあがりになっています。それが伝統の技なのでしょう。なるとの本店は「若鶏時代なると本店」ですが、他にも同じ経営者の「なると屋」、創業者の孫が経営する「なるとキッチン」があります。なるとキッチンは、関東にも進出していますが、鶏肉も揚げ方も多少異なる印象があります。やはり、若鶏半身揚げを楽しむなら本店が良いと思います。
小樽は、古い歴史を持つ港街ですが、かつてはニシン漁の拠点、石炭の積出港、樺太航路の発着港でもあり、まさに北海道経済の中心地でした。札幌にその座を明け渡してから、しばらく低迷していましたが、いまや北海道を代表する観光地になっています。かつての小樽の栄華を偲ばせるものの一つが甘味だと思っています。新倉屋はじめ餅文化もあり、ぱんじゅうなる珍品もありますが、注目すべきは洋菓子だと思います。クリームぜんざいの”あまとう”、道内で初めてソフトクリームを商った”アイスクリームパーラー美園”、再建された名喫茶店”館”、残念ながら閉店した小樽式モンブランの”米華堂”などの老舗が、港街らしいユニークな洋菓子文化を築いていました。洋菓子も若鶏半身揚げも、かつての小樽の繁栄を彷彿とさせる本当のソウルフードだと思います。(写真出典:naruto-ya.com)