2025年5月11日日曜日

命に別状なし

TVニュースを見ていると、毎日のように「命に別状はありません」という言葉を聞きます。意味するところも分かりますし、耳慣れてもいるのですが、どこか違和感を感じさせるものがあります。恐らく、別状という言葉が、日常では一切使われることがないからだと思います。マスコミは独特の言い回しをすることも多いのですが、一方で、TVニュースなどは可能な限り平易な言葉使いを心がけているものと考えます。ところが、TVニュース以外で、別状という言葉を聞くことはありません。別状とは、いつもとは異なる状況という意味ですから、例えば「命に異常はありません」、あるいは「命に危険はありません」と言えば済むのではないかとも思います。ところが、おしなべて「命に別状はありません」と言うわけです。

さらに言えば、「重傷ですが命に別状はありません」なら分かるのですが、「軽傷で命に別状はありません」とも言うわけです。軽傷なら、わざわざ命うんぬんと言う必要はないと思うのです。マスコミに関わる人たちは、言葉のプロなのだと思います。プロが、あえて「別状」を使いまくるには何か理由があるに違いない、と思って調べてみたのですが、さっぱり分かりませんでした。また、TVのテロップでは”別条”と記載されることもあります。別状は異常な状態を表し、別条は異常な事柄を表すとされます。従って「命に別状はない」は正しい用法ですが、「別条」を使うことは間違いだと思います。この件に関しては、ネットにも多くの記載がありました。ちなみに、NHKでは「別条」を使うことはないようです。

いずれにしても、マスコミの「別状」好きの背景は分からなかったのですが、考えてみると、この言葉が多用されるのは、事故や事件の場合に限られています。事件や事故に関する一次的な報道は、警察発表に基づくことになります。マスコミは、警察が公表した内容を忠実に伝えるしかありません。ひょっとすると「命に別状なし」は、マスコミに独特な表現ではなく、警察用語なのかもしれません。官庁用語だとすれば、一般的ではない、古くて堅い言葉使いは十分に理解できます。警察が紋切り型に「命に別状なし。以上」と発表したとすれば、マスコミとしては、余計な修正や変更を加えずに、その言葉をそのまま伝えるしかないのでしょう。また、加工して報道すると、警察の信用を失う恐れがあるのかもしれません。

警察サイドにも、幅広く、曖昧な表現をするしかない事情もあるのだと思います。つまり、捜査上の必要性から、あるいはプライバシー保護の観点から、詳細を語ることが憚られる場合があるわけです。とすれば幅広な「命に別状なし」は、誠に便利な言葉だと言えます。幅広な分、TVの視聴者の受け止め方は千差万別ということになります。「命に別状なし」と聞いてケガの程度は軽いと思う人もいれば、わざわざ「命に別状なし」と言うくらいだから相当に深刻な状況なのではないかと思う人もいるわけです。正確な報道という観点からすれば問題なしとはしませんが、マスコミとしては如何ともしがたく、その苛立ちが、警察用語としての「命に別状なし」をそのまま伝えることに現れているのかもしれません。

また、仮にマスコミが詳細な情報を入手していたとしても、警察と同様な理由から、自主的に曖昧な「命に別状なし」という伝え方を選択する場合もあるのかもしれません。そこまで考えると、本当にニュースで「命に別状なし」という言葉を使う必要はあるのか、という疑問も沸いてきます。別状を使わず、軽傷、重傷といった表現で十分な場合が多いのではないかとも思います。それも警察次第なのでしょうが、お役所にありがちな前例踏襲という習性が立ちはだかっている可能性もあります。いずれにしても、警察もマスコミも、「命に別状なし」という特殊な表現については、再考してもいいのではないかと思うわけです。(写真出典:nhk.or.jp)

命に別状なし