2025年4月19日土曜日

フルコンタクト

ゴルフは、やたらと格言が多いスポーツの一つです。コース上の最大の敵は自分である、という言葉もよく知られています。ゴルフに限らず、水泳、ボウリング、ダーツといったノンコンタクト・スポーツすべてに共通する言葉だと思います。コンタクトとは、ボディ・コンタクトのことです。コートを分けて行われるバレーボール、テニス,卓球、バトミントン等もノンコンタクトに分類されますが、ボール等を介して心理的にはコンタクトしているとも思います。いかなるスポーツも競技である以上は駆け引きがあるでしょうから、それも心理的コンタクトと言えそうです。対して、制限なく相手とボディ・コンタクトする競技は、フルコンタクト・スポーツと呼ばれ、格闘技、ラグビー、アメリカン・フットボール等が該当します。

フルコンタクトの場合、いかに自らの心技体を鍛えても、試合に勝てるとは限りません。相手の出方次第で試合の流れは変化し、それに適切に対応できるかどうかで勝敗が決まります。小よく大を制す、ということが起こり得るわけです。フランツ・ベッケンバウアーの言葉とされる「強いものが勝つのではない。勝ったものが強いのだ」は、まさにフルコンタクト・スポーツのためにあるような言葉です。格闘技の場合、自分の優点を活かせるか、あるいは相手の優点を無力化できるかが大きなポイントとなります。そのためには、いち早く自分に有利な態勢やペースを確保する必要があり、ファースト・コンタクトが極めて重要となります。リミテッド・コンタクト・スポーツとされるサッカーにも、先制点を取ったチームが有利になるという7-2-1の法則があります。

傾向として、先制点をあげたチームは、7割が勝利、2割が引き分け、1割が逆転負けするというのです。ロー・スコア対決のサッカーだけに、焦りが大きく影響するのでしょう。格闘技の場合には、先制攻撃というよりも、いかに早く自分の態勢を確保できるかという勝負になります。相撲の場合、勝敗の8割は立会いで決まるとまで言われます。立会いで相手を圧倒することによって、自分の得意な差し手や態勢をとることができるからです。いまだ破らていない69連勝を達成した双葉山の立会いは”後の先”と呼ばれます。横綱相撲はかくあるべしとも言われます。ただ、映像を見る限り、初動は相手より遅いものの、決して押し込まれてはいません。相手の立会いを見切ったうえで押し込み、得意の左上手から天下無双と言われた上手投げを繰り出しています。

ビジネスにおける交渉・折衝も、フルコンタクト・スポーツに似たところがあります。いつの世でも、書店から交渉術に関する書籍が消えたことはありません。それほど皆が悩み、興味を持っているということなのでしょう。交渉の場では、選択肢を多く持っている方が有利であるという大原則があります。交渉相手がどのような出方をしても対応可能だからです。加えて、先手必勝とも言われますが、必ずしも最初に高い要求をぶちかませということではありません。本質的には、いかに早く自分のペースに巻き込むか、ということが大事になります。後の先で、相手の出方を見きわめたうえで、自分のペースに巻き込むという方法もあります。交渉慣れしているアメリカのビジネスマンは、最初から自分のペースに引き込むことにこだわる傾向があります。

ドナルド・トランプの発言に、世界中が振り回されています。トランプの交渉術は、初動から高い要求をぶちかまして主導権を握るスタイルです。アメリカで仕事をしていた頃、ここまで極端な交渉術は見たことがありません。不動産など生き馬の目を抜く業界では、ごく当たり前のことなのかもしれません。アメリカのビジネス界では、個人の権限が大きいので、交渉術は研ぎ澄まされ格闘技的になります。対して、日本の場合は、組織的な判断が全てなので、交渉はアメリカン・フットボールのフォーメイション・プレイに似てきます。経営会議ではゴールだけが決議され、交渉における幅などがフロントに与えられることはありません。ところで、トランプ式の交渉術の欠点は、ブラフを見抜かれ易いことです。トランプのディール・スタイルなど、世界中が見透かしているのでしょうが、なかでもプーチンや習近平はビクともしていません。交渉術の何たるかを十分に分かっているからなのでしょう。(写真出典:nippon.com)

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