エフェクトをかけることで、モダン・ジャズが本来持っているつテンションやスリルが、より一層際立ってきます。面白いことに、エフェクトは、リードをとっている奏者ではなく、ダブ・エンジニアの感性で繰り出されます。それによって、ダブ・エンジニアは、ミキサーではなく、演奏者の一人となります。菊池成孔は、ライブは格闘だと言っています。そもそもモダン・ジャズの演奏は格闘だと思うのですが、ダブ・セクステットのライブは、プロレスのバトル・ロイヤル状態にまでなります。マイルス・デイビスもエフェクトを多用していましたが、ダブ・セクステットの場合は、かなり様子が異なります。多少、オーネット・コールマン的なアバンギャルドの要素も入りますが、あくまでもモダン・ジャズの王道をキープしながら、テンションを高めていくわけです。
ダブ・セクステットがリユニオンされた背景には、中国の音楽事情があったようです。数年前、ロンドンで火が着いた日本のシティ・ポップ・ブームが世界に拡散しました。ネット時代らしい話です。中国のおしゃれな若者たちの間でも、シティ・ポップ・ブームが起こり、日本に残っていたレコード盤が買い漁られ、ついには市場から姿を消すまでになったと聞きます。その後、若者たちの興味は、シティ・ポップの源流の一つとされる1970年代の日本のジャズへと流れたのだそうです。注目が集まるなか、北京と上海のブルーノートからの依頼を受けて、ダブ・セクステットのリユニオンが実現したというわけです。中国の巨大な消費パワーは、マグロ、カカオ、コーヒー豆等に次いで、日本のジャズ・シーンまで動かし始めたということになります。
ダブ・セクステットと言えば、ダーク・スーツに細いネクタイという60年代っぽいステージ衣装も注目されたものです。そのスタイルは、一時期、ブランド化され販売もされていました。今回も、基本的には同じ衣装で登場していました。このあたりも含めて、菊池成孔という人は、単なる演奏者を超えたところのある面白い人だと思います。銚子の食堂の息子として生まれますが、兄はSFやファンタジー系の小説家の菊地秀行です。菊池は、音楽にのめり込み、兄の蔵書を読みあさって育ったようです。テナー・サックス奏者としては、下積みが長く、結構、遅咲きでしたが、その個性は、エッセイスト、ラジオ・パーソナリティ、作曲家、大学講師などと幅広く開花します。ジャズマンというよりも、マルチに活躍する文化人といった風情です。
ダブ・セクステットのドラムは、多彩なドラミングを展開する本田珠也です。彼は、ヴォーカリストのチコ本田とピアニストの本田竹広の間に生まれています。チコ本田は、渡辺貞夫の妹で、ドラムの渡辺文男の姉です。いわゆるジャズ一家に育ったわけで、そのセンスの良さも頷けます。バークレー出のベーシスト・鈴木正人もセンスの良さは抜群です。坪口昌恭は大学で教鞭もとるピアニストですが、今回はシンセも取り入れた演奏を披露していました。トランペットの類家心平は、自衛隊音楽隊出身という異色の経歴の持主ですが、パワフルな音を響かせていました。今回のライブには、菊池ファミリーの一員ラッパーのQNも一曲だけ参加していました。スローな曲でしたが、意外にも違和感なく聞けました。これも菊池マジックかと感心した次第です。(写真出典:bluenote.co.jp)