2025年3月26日水曜日

「教皇選挙」

監督: エドワード・ベルガー         2024年イギリス・アメリカ

☆☆☆+

枢機卿たちによるローマ教皇選出選挙、いわゆるコンクラーヴェを題材としたミステリ映画です。様々な政治的要素も見え隠れするものの、緊張感あるエンターテイメントに仕上がっています。ドイツ人のエドワード・ベルガー監督は、前作「西部戦線異状なし」(2022)でアカデミー国際長編映画賞を受賞しましたが、今回も手堅い演出をしています。原作は、英国のベストセラー作家ロバート・ハリスの同名小説です。脚色は、「ヤギと男と男と壁と」(2009)や「裏切りのサーカス(Tinker Tailor Soldier Spy)」(2011)で高く評価されたピーター・ストローハンですが、本作でアカデミー脚色賞を獲っています。音楽は、「西部戦線異状なし」に続いて、前衛音楽家のフォルカー・ベルテルマンがいい仕事をしています。

スリルや派手なアクションもない系統のミステリでは、高い緊張感とテンポの速さを維持しながら、意味ありげな静寂を効果的に差し込むというのが正統派のアプローチだと思います。いわゆるヒッチコック式の緊張と緩和といったスタイルとは大いに異なるわけです。史実に基づいた陰謀がらみの政治サスペンスものなどが、その典型だと思います。本作は、そうしたセオリーに忠実に作られていると思います。ところが、教会批判をテーマとする政治サスペンスのようではあっても、実はそうではありません。あくまでもエンターテイメントに徹した作品であり、教会批判的な要素は単なるモティーフに過ぎません。それも、結構、ありきたりな内容になっています。そのギャップが気になるところではあります。

プロテスタントたちが作った映画であることも含め、恐らくバチカンやカソリック教徒からの批判があるものと思われますが、まともに批判するのもバカバカしいレベルだと思います。製作陣も、それは百も承知で、あえてそうしている面があるのでしょう。例えて言うなら、ハリウッドが作ったサムライ映画のようなものです。しかし、思想性や政治性には欠けるとは言え、かなり出来の良いミステリにはなっています。上出来になった大きな要因は、演出もさることながら、キャストの重厚な演技やスキのない美術にもあると思います。もちろん、システィーナ礼拝堂はじめバチカンでロケを行うわけにはいきません。バチカンのセットは、細部にこだわった、かなりレベルの高いものになっています。ここがこの映画の大事なポイントの一つです。

今一つの肝は、キャスティングの良さと演技のレベルの高さです。まずは、主演するレイフ・ファインズは、映画のムードを決定づけるほどの好演を見せています。レイフ・ファインズは、007やハリー・ポッター、あるいはウェス・アンダーソン映画でおなじみですが、舞台出身の性格俳優としての実力を見せています。ジョン・リスゴーはじめ脇役陣も見事な顔ぶれですが、なかでも、イザベラ・ロッセリーニには驚きました。久々すぎて誰か分かりませんでしたが、とても存在感のある良い演技をしていました。彼女は、ロベルト・ロッセリーニとイングリット・バーグマンの娘で、マーティン・スコセッシの妻でもありました。デヴィッド・リンチの衝撃作「ブルー・ヴェルヴェット」(1986)で、モデルから女優に転じますが、鳴かず飛ばずが続いていました。

13世紀から続くコンクラーヴェは、ラテン語で”鍵の掛かった”という意味だそうです。現在、上限を120人とされている枢機卿たちが世界中から集まります。システィーナ礼拝堂に籠もって投票を繰り返し、得票が2/3以上に達した枢機卿が教皇になります。かつては、教皇が決まるまで完全に礼拝堂に缶詰にされていたようですが、現在は、2005年に完成したサン・マルタ館に宿泊するようです。もちろん、コンクラーヴェ期間中は、システィーナ礼拝堂とサン・マルタ館は、物理的にも、電子的にも完全に外界と遮断されます。コンクラーヴェは、しばしばバチカンの閉鎖性の象徴のようにも言われます。密室における陰謀めいた世界が描かれた本作は、アメリカ大統領選挙の年に公開されました。もちろん、ただの偶然ではありません。(写真出典:imdb.com)

マクア渓谷