2025年3月20日木曜日

「アノーラ」

監督:ショーン・ベイカー     2024年アメリカ

 ☆☆☆☆ー

アカデミー賞では、作品賞、監督賞を含む5部門を受賞、カンヌでもパルム・ドールを獲得、他にも数々の賞を総なめにした作品です。ショーン・ベイカー監督と言えば、移民、庶民、性産業で働く人々といったアメリカの底辺で生きる人々を描くことで知られます。本作も、その目線に変わりはないものの、これまでにない勢いとテンポの良さを感じさせる映画でした。派手なロマンティック・コメディに見えますが、全く別物です。プロットの構図は、決して新しいものではありませんが、小気味よい展開が新しさを感じさせます。また、切ないものの、救いのあるエンディングは、多くの人の共感を得るものと思います。

映画は二部構成といった風情になっています。前半では、アノーラとイヴァンが出会って結婚するまでが、ビデオクリップのような映像とテンポで描かれます。スタイリッシュでパワフルな展開ではありますが、やや冗漫な印象も受けます。後半の展開とのコントラストやアノーラの強さを強調するために必要だということは理解できますが、やや監督の思い入れが強すぎバランスを失したようにも思えます。後半では、失踪したイヴァンを探し、イヴァンの両親と対峙していくわけですが、特に印象に残ったのは、タランティーノばりの小気味よい会話の応酬です。監督の過去の作品でも、会話は独特なムードを持っていましたが、本作では、明らかに一段ギアが上がっています。アノーラを演じたマイキー・マディソンのアカデミー主演女優賞も頷けます。

後半の舞台は、NYのロシア人街ブライトン・ビーチや隣り合うコニー・アイランドとなっており、ショーン・ベイカー監督らしいストリート・ムービー的な風情を感じます。ブルックリンのブライトン・ビーチは、リトル・オデッサとも呼ばれます。19世紀後半、海辺のリゾートとして開発されたブライトン・ビーチですが、大恐慌や第二次大戦前後から、徐々に東欧やロシアのユダヤ系移民が移り住み始めます。ロシア移民が多く集まりだしたのは1970年代のことだったようです。私がNYにいた1990年前後のブライトン・ビーチは、完全にロシア人街として知られていました。中華街はじめ移民の街はどこも同じですが、ブライトン・ビーチにも、英語を話すことなくロシア語だけで生きている人も少なくないと聞きました。そこはロシアそのものなわけです。

シンデレラ的なロマンティック・コメディと言えば、「マイ・フェア・レディ」(1964)や「プリティ・ウーマン」(1990)を思い出します。本作は、そのスタイルをうまく借用しながら、全く異なるものを作りあげています。古くから世界中にある”才子佳人”系の話は、ハッピー・エンドが基本です。本作は、救いはあるものの、典型的なハッピー・エンドにはなっていません。監督が描きたかったのは、厳しい環境に置かれた移民たちの現状、そしてその環境を生き抜く強さなのだろうと思います。さらに、本作の最も大きな特徴は、風俗店で働く主人公の悪びれることのないプロとしての逞しさと明るさ、そしてオリガルヒに対しても怯むことのない強気な姿勢なのではないかと思えます。妙な暗さや侘しさを見せないところが、とても新しいと思いました。

ロシア系移民をモティーフにした点もチャレンジャブルだと思います。同じ民族の移民が集まる街には、母国のヒエラルキーや社会構造がそのまま持ち込まれるものです。本作に登場するオリガルヒはツァーリそのものであり、仕える者たちも、息子でさえも滑稽なほど恐れて、服従しています。ロシアでは、ツァーリによる支配が絶え間なく続いていることへの皮肉なのでしょう。服従することに居心地の良さを感じる大衆の存在が、ツァーリを生むとも言えます。恐れることなく、徹底的にオリガルヒに抵抗するアノーラは、ロシアがいまだ拭い去れない社会体質に対するアンチ・テーゼでもあります。残念ながらアノーラが勝利することはありませんでしたが…。(写真出典:imdb.com)

マクア渓谷