アルバム名:Saxophone Colossus(1956) アーティスト:Sonny Rollins
ソニー・ロリンズのライブを一度だけ聴いたことがあります。1973年、大学に入りたての年でした。それまで何度もジャズのライブは聴いていましたが、これほどの大物は初めてでした。まずは、テナー・サックスの音の大きさに驚きました。こんなに違うものなのかと思ったことを覚えています。マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」(1970)以降のことでもあり、多少ロックっぽい味付けの演奏も行っていましたが、会場が一番沸いたのは、やはり「セント・トーマス」でした。ロリンズがジャズに持ち込んだカリプソのなかでも絶大な人気を誇るのがセント・トーマスです。ジャズ・ファンが”サキコロ”と呼ぶ名盤「サキソフォン・コロッサス」で初リリースされた曲です。セント・トーマス以前からラテン・ジャズは存在し、特にアフロ・キューバンは人気があったようです。多くのラテン・ジャズは、リズム・セクションにコンガ等のパーカッションを加えて、アップ・テンポで演奏されます。ところが、トリニダード・トバゴの民族音楽であるカリプソは、のんびりとした陽気なリズムが特徴です。南の島のレイドバック・スタイルそのものとも言えます。ロリンズは、NYのハーレムの生まれ育ちですが、両親がヴァージン・アイランドの出身であり、ラテンのリズムとグルーブは体に染みこんでいたのでしょう。ロリンズが作曲した曲は、オレオ、アルフィーなど、リズミカルで耳に馴染みやすいメロディが多いように思いますが、それも両親の影響なのかもしれません。
サキコロは、非の打ち所がない傑作と言われます。その通りだと思います。さらに言えば、ロリンズの演奏自体は、いつも非の打ち所がないと思います。最もジャズらしいジャズを演奏する人であり、超がつくほどの優等生と言っても過言ではありません。ロリンズは19歳で初レコーディングに参加し、大物たちとのセッションも行うなど、若くしてその名が知られる存在でした。しかし、20歳代前半は、犯罪と麻薬で刑務所を出入りしています。優等生とは言えない生活ぶりですが、演奏に関しては、その誠実で温厚な人柄から、自身の音楽性を高めていきます。20歳代後半に入ると、トップ・プレイヤーとして活動していき、26歳のおり、サキコロをリリースするわけです。ただ、一方で、その誠実な人柄が、音楽的な行き詰まりも生んでいくことになります。
自分の演奏に限界を感じたロリンズは、1959~1961年の2年間、音楽シーンから姿を消します。その間、ロリンズは、毎日、ウィリアムスバーグ・ブリッジで15~16時間、サックスを吹き続けたと言います。ロリンズは、その後も2度ばかり、音楽シーンを離脱しています。誠実な優等生だからこそ直面した壁だったのでしょう。ロリンズと同様、モダン・ジャズを代表する名演奏家としてはマイルス・デイビスやジョン・コルトレーンもいますが、彼らが優等生だと思ったことはありません。彼らも、壁にぶち当たることもあったはずですが、常に新しい世界に挑戦することで、壁を乗り越え、ジャズを変えていきました。優等生ロリンズは、ハード・バップ、モダン・ジャズの本流に忠実であり続けたがゆえに、幾度も壁に直面したのだと思います。
ジャズを聴きたいと思ったら、それもいい演奏を聴きたいと思ったら、ロリンズは正しい選択です。図太くも温かみのある音色、抜群のテクニック、モダンなフレーズのアドリブと、まったく申し分ありません。そこには、マイルスのスリル、コルトレーンの高揚感はありませんが、ロリンズのテナーはジャズ界の灯台のような存在であり、メイン・ストリームを照らし続けたのだと思います。サキコロは、ジャケットも有名です。恐らくレコード・ジャケットの歴史を語るとすれば、決して外してはいけない一枚だと思います。当時、ロリンズは、まだ26歳だったのですが、既に灯台のような存在感を見せています。(写真出典:amazon.co.jo)