2025年2月24日月曜日

「オーダー」

監督: ジャスティン・カーゼル    2024年カナダ

☆☆☆+

戦後民主主義というアメリカに強要された一種の宗教のなかで価値観を形成してきた我々の世代にとって、2021年に起きた合衆国議会襲撃事件は、何とも言えない空恐ろしさを感させた出来事でした。それは、我々の価値観が足下から崩れていくような恐さであり、ある意味、人生が否定されるような印象すら受けました。我々にとって、アメリカは民主主義の総本山であり、議事堂は本殿そのものだと言えるからです。事件の背景に、ドナルド・トランプの影響力があったことは疑いようがありません。TV界が生んだ怪物トランプにとって、最も重要なことは、視聴率の確保、つまり人々にウケることなのだと思います。それも世界中の人々ではなく、全国民でもなく、選挙人の過半にウケればいいということになります。

その中には白人至上主義者も含まれます。トランプが白人至上主義者でないことは明らかです。しかし、彼らにとっては、自分たちの代表をホワイト・ハウスに送り込んだくらいの気持ちなのでしょう。議会襲撃は彼らが先導したとも言われます。彼らの議会襲撃に大きな影響を与えたと言われるのが「ターナーの日記」です。ターナーの日記は、白人至上主義者ウィリアム・ルーサー・ピアースが、1970年代、アンドリュー・マクドナルド名義で自費出版されました。白人至上主義組織が、テロ、連邦政府の転覆、核戦争、人種戦争を繰り広げ、世界中の非白人とユダヤ人を絶滅するというストーリーになっているようです。多数の犠牲者を出した1995年のオクラホマ・シティ連邦政府ビル爆破事件はじめ、200件にのぼるテロに影響を与えたと言われます。

その一つが、本作で描かれたオーダー事件です。オーダーは、1980年代前半、ワシントン州メタラインに実在したネオナチ・グループです。連邦政府の打倒を目刺し、贋札づくり、銀行強盗、現金輸送車襲撃を繰り返しました。映画は、事実に基づき、抑え気味のドキュメンタリー・タッチで展開されています。美しい自然の描写が、いいアクセントになっています。ドラマを構築しにくいテーマだとは思いますが、FBI捜査官役のジュード・ロウの好演が、映画のエンターテイメント性を確保しています。そして、アメリカ大統領選挙にぶつけて製作された映画であることは明らかだと思います。8月、ヴェネツィア国際映画祭で公開され、金獅子賞を争いますが、アメリカでの公開は大統領戦後となりました。何らかの圧力でもかかったのでしょうか。

監督のジャスティン・カーゼルは、オーストラリアの社会派監督として知られます。高い評価を得た「二トラム」(2021)や「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング」(2019)、あるいはデビュー作となった「スノータウン」も、すべて実在の事件に基づいた映画です。そういう意味では、本作に最適ともいえる監督が選ばれたわけです。カーゼルの映画には、事件を起こした実在の人物に対するシンパシーがあり、主人公たちを事件へと向かわせた社会や環境への批判的視線があります。今回は、ほぼ一方的に白人至上主義者たちの狂った行動を描いているように見えます。とは言え、彼らを単なる狂人として描いているわけでもありません。深掘りされてはいませんが、彼らを取り巻く環境に対するカーゼルらしい視点も垣間見えます。

オーダーは、1984年、著名なラジオのパーソナリティでユダヤ系のアラン・バーグを殺害します。リベラルなバーグは、白人至上主義を強く批判していました。君たちの特徴は何でも人のせいにすることだ、とバーグは語っています。古今東西の陰謀論の本質を突いた名言だと思います。ヒトラーはユダヤ人と共産主義者、KKKはアメリカの黒人、トランプは不法移民と貿易赤字をもたす諸外国を諸悪の根源と非難します。オーダーは、シオニストに支配された連邦政府を批判します。敵を明確にして固い結束を得ることは政治の常道でもあります。Qアノンやプラウド・ボーイといったトランプ支持の極右勢力も、陰謀論が求心力の中心にあります。アメリカの田舎に多く存在するミリシア(民兵組織)も、連邦政府と東部エスタブリッシュメントの陰謀論によって結束されています。(写真出典:filmarks.com)

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