2024年11月5日火曜日

Tokyo Film 2024(2)


 「トラフィック」 テオドラ・アナ・ミハイ監督 2024年ルーマニア・ベルギー・オランダ ☆☆☆+

貧困を逃れて西欧に押し寄せる東欧難民のやるせない現実が描かれています。貧困、差別、搾取、自分たちではどうしようもない現実が、難民たちを犯罪に始まる負のスパイラルへと巻き込んでいきます。人間が農耕を始めると貧富の差が生まれます。格差を生じさせない、あるいは是正する方策も試みられましたが、うまくいきませんでした。格差の存在を止むなしとすれば、最も留意すべきことは、その固定化を回避することだと思います。ボーダーレス化が進む世界で、それはどのように実現すべきなのか、誠に難しい問題です。監督は、「母の聖戦」で注目されたベルギー人ですが、彼女自身、7歳のとき、両親に連れられルーマニアから移住しています。自らのアイデンティティーと向き合った映画という凄みを感じさせます。

「ダホメ」 マティ・ディオップ監督 2024年ベナン・セネガル・フランス ☆☆☆☆

今年のベルリンで金熊賞を獲得したドキュメンタリー映画です。かつてフランスがダホメ王国から略奪した文化財7,000点のうち、26点だけが、2021年、ベナンに返還されています。その返還の模様、そしてベナン国民の反応や議論がドキュメントされています。返還を喜ぶ声、わずか26点の返還に憤る声、そして議論は植民地主義批判、ベナンの民族主義へと高まっていきます。実にドラマティックであり、感動的です。議論は公用語であるフランス語で行われます。ベナンは、古くから奴隷貿易の拠点でした。その後、フランスに植民地化され、文化財とともに歴史も文化も奪われ、言葉さえも奪われました。植民地支配の後遺症が今なお深く残っているわけです。監督は、デビュー作「アトランティックス」で、2019年カンヌのグランプリを獲得しています。彼女の父親は、セネガルを代表するミュージシャンです。本作は、監督のルーツに根ざした作品とも言えます。

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」 ソイ・チェン監督 2024年香港 ☆☆☆+

香港で観客動員数歴代トップを記録したという作品です。かなりレベルアップしたカンフー・アクション映画です。マーベル作品等が作ったトレンドを反映させ、現実離れしたアクション・シーンが次々と展開されます。九龍城砦をモティーフに据えたのも見事な着想だと思います。ただ、あくまでも背景であって、九龍城砦を語る映画ではありません。1993年、香港を訪れた際、世界で最も危険な空港と言われた啓徳空港に降りました。飛行機は九龍城砦と呼ばれた雑居ビル群のすぐ真上を飛んで着陸します。その強烈な光景は、今でも忘れません。その年、九龍城砦は取り壊されています。実は、九龍城砦のある一角だけは、英国の借地ではなかったので、香港の司法当局の管轄外であり、中国も英国領の中の一角ゆえ手出しできないという奇跡の無法地帯でした。今の香港の若い人たちは、九龍城砦を一切知らないと思いますが、香港の歴史を語るうえでは欠くべからざる存在だと思います。セットとは言え、見事に九龍城砦が再現したことは、この映画の大きな意義のように思います。

「ナイトビッチ」 マリエル・ヘラー監督 2024年アメリカ ☆☆☆+

出産、育児に悩む母親が、母親の偉大さに気付くまでが描かれています。久々に、ユーモアとウィットに富み、なおかつメッセージ性を持つアメリカ映画を見た思いがしました。2021年に大ベストセラーになったレイチェル・ヨーダーの同名小説が原作です。監督の演出もレベル以上だと思いますが、なんと言ってもエイミー・アダムスの演技の見事さには感心させられます。エイミー・アダムスは、6度もアカデミー賞にノミネートされた大女優ですが、一度も受賞していません。ザ・マスター、アメリカン・ハッスル、メッセージ、バイスといった高評価の作品でも良い演技をしているのですが、どうも今一つ突き抜けてきません。今回も、演技は見事であり、楽しめますが、やはり強烈な印象を残すまでではありません。佳作といったところでしょうか。

マクア渓谷