2024年11月6日水曜日

Tokyo Film 2024 (3)


 「シマの唄」 ロヤ・サダト監督 2024年スペイン・オランダ・フランス・台湾・ギリシャ・アフガニスタン ☆☆☆+

アフガニスタンを代表する女性監督が、1978年、実際に起きた事件を描いた作品です。左翼政権の内部闘争が勃発し、一方ではイスラム勢力のムジャヒディーンが反政府闘争を開始した頃の話です。結果、左翼政権はソヴィエトを呼び込み、10年間に及ぶアフガン紛争が始まりました。その際に起きた2人の若い女性の悲劇がモティーフになっています。2021年、監督が本作の撮影準備に入った時点で、タリバンが政権を奪還します。タリバンは、徹底的に女性の権利を剥奪します。偶然、国外にいた監督は国に戻ることなく、タリバン政権の女性差別に抗議するためにこの映画を完成させています。シマとは、ムジャヒディーンに加わり、左翼政権から虐殺された女性の名前です。映画のタイトルは、シマが唄の名手であったことに加え、タリバンに抑圧されるアフガン女性をも象徴しているようです。上映後に監督とキャストが登壇すると、アフガンの厳しい現状を目前に突きつけられた思いがしました。

「昼のアポロン 夜のアテネ」 エミネ・ユルドゥルム監督 2024年トルコ ☆☆+

脚本家や制作スタッフとして、永年、トルコ映画界で活躍してきた女性による初監督作品です。男性中心のトルコ映画界に新たな風を吹き込みたかったと監督は話しています。舞台となったシデは、トルコ南部の地中海に面したリゾートであり、トルコ最古と言われる古代ギリシャ遺跡があることでも知られます。シデの美しい景観や夕陽が印象的に使われています。映画は、幽霊が見える女性と幽霊との関わりを通して、トルコにおける女性の立場を浮かび上がらせるというプロットになっています。とてもユニークで面白いシナリオだと思います。ただ、監督の思い入れが強すぎたためか、編集が緩すぎて映画としての完成度を著しく落としている面があります。誠に残念な結果だと思います。

「冷たい風」 モハッマド・エスマイリ監督 2024年イラン ☆☆☆

雪山での遭難事故が、実は殺人事件であり、その背景には深い闇が潜んでいたというプロットです。これだけなら驚くほどのことではありませんが、この映画のすごさは、映画の全てが関係者の証言シーンだけで構成されていることです。しかも、映像は、捜査にあたる警部の目線だけという徹底ぶりです。なんとも大胆な試みです。しかも、緊張感を失うことなく映画は展開していきます。シナリオの勝利ではありますが、緊張感を維持するためにモノクロ映像、背景の奥行き、環境音、音楽等を総動員している点が見事です。監督は、もともと写真家で、これまで数本の短編を撮っているようですが、本作が長編初監督とのこと。映画人ではないことが、この勇気ある挑戦を生み出したのでしょう。監督の挑戦は、見事に成功したと言っていいのでしょう。チャレンジャブルな手法であることは理解できますが、それが通常のドラマを超えたスリルを生んでいるのかというと、やや疑問でもあります。

「黒の牛」 蔦 哲一朗監督 2024年日本・台湾・アメリカ ☆☆☆+

監督は、2013年、低予算で撮影された「祖谷物語 おくのひと」という作品で、国際的に高い評価を得た人だそうです。本作は、8年前にテスト版が作られ、以降、苦労を重ねながら、完成をみた作品だそうです。ほぼ全編がモノクロ、まるで墨絵のような世界が、極々静かに展開されます。映画は、山窩(サンカ)の人々が山を捨て、里に散っていくシーンに始まります。放浪の人々が強いられた文明化といったテーマなのかと思いましたが、実はかなり仏教色の濃い映画でした。プロットは、仏教の悟りへ至る段階を示した十牛図に基づいています。牛が仏性を象徴し、童子が真理を求める人を表わすとされます。しかし、十牛図の解釈は、かなり監督独自のものとなっています。ラストシーンは、35mmモノクロ映像から一転70mmカラーに変わります。これが監督の考える悟りの世界ということなのでしょう。そこには牛が見えるだけで、既に人の姿はありません。

マクア渓谷