2024年11月4日月曜日

Tokyo Film 2024(1)


37回目となる東京国際映画祭ですが、200本強が上映されるとのこと。昨年までは、旅行と日程が重なり、十分に楽しめませんでした。今年は、フルに日程を開けたうえで、しっかりと計画を立て、8日間15作品のチケットを確保することができました。他にも観たい作品は多くありますが、体力的な限界もあり、これが目一杯というところです。(写真出典:2024.tiff-jp.net)

「ファントスミア」 ラヴ・ディアス監督 2024年フィリピン ☆☆☆☆

「立ち去った女」(2016)でヴェネツィアの金獅子賞を獲得したラヴ・ディアス監督の新作です。白黒、固定カメラ、音楽なしというスロー・ムービーは、監督の代名詞ですが、本作の上映時間は246分。しかし、だれることもなくラヴ・ディアスの世界に没入できます。ファントスミアとは存在しない臭いを感じる症状のようです。映画は、フィリピンの歴史と社会の現状を多重的に織り込んだ寓話になっています。ファントスミアに罹患した元軍人は、存在しない臭いに悩まされていたのではなく、フィリピンの支配体制が実際に放つ悪臭に精神を蝕まれたのでしょう。何とも皮肉の効いたタイトルです。フィリピンは近隣の国にも関わらず、情報が十分ではないように思います。結果、なかなかに理解しにくい国になっているように思います。

「三匹の去勢された山羊」 イエ・シンユー監督 2024年アメリカ ☆☆+

監督は、脚本やドキュメンタリーで注目されている若手のようです。陝西省の寒村でのコロナ騒ぎをコメディ・タッチで描いた小品です。情報が十分ではないなか、やみくもに中央の指示に従おうとする地方の共産党幹部や官僚の姿を揶揄しています。山羊農家が、コロナ禍の規制に伴い山羊を売れなくなるというプロットですが、タイトルの”三匹の去勢された山羊”が気になりました。恐らく三匹とは祖父、父、息子の三世代を指しているのでしょう。三世代それぞれ態様は異なるものの、いずれも共産党政権から去勢されている、ということなのでしょう。ロケ地も、キャストも、スタッフも中国人のようですが、さすがに中国国内での公開は難しかったのか、アメリカ映画とクレジットされていました。批判的スタンスは評価できますが、やや底が浅く、プロットも図式的に過ぎた面があります。

「赤いシュート」 ナンニ・モレッティ監督 1989年イタリア・フランス ☆☆☆☆

イタリアの巨匠ナンニ・モレッティ特集の一環として上映された初期の出世作です。やや古風な言い方をすれば”笑いとペーソスあふれる人間ドラマ”を身上とする監督であり、もはやイタリアの古典芸能だと思っていました。ところが、びっくりです。35年前のナンニ・モレッティ作品は大いに異なる作風でした。本作のプロットは、水球の選手でもある共産党書記長が交通事故で記憶を失い、自分探しをしていくというものです。コミカルな仕立てではありますが、フェリーニの「8 1/2」を思わせるキレの良いファンタジーになっていました。ナンニ・モレッティは、90年代に世界三大映画祭でグランプリを獲得しています。俄然、その頃の作品を観たくなりました。また、作中、デヴィッド・リーンの「ドクトル・ジバゴ」がモティーフとして使われていますが、一体、何を象徴していたのか、じっくり考えてみたくなりました。

「彼のイメージ」 ティエリー・ド・ペレッティ監督 2024年フランス ☆☆

日本人には馴染みの薄いコルシカ民族解放戦線とその変遷がモティーフとして使われていますが、決してコルシカの歴史と社会を深掘りしているわけではありません。全体的には、センチメンタルなイメージ・ビデオ的青春映画といった風情でした。ドラマ的な部分は、会話だけで構成されているような印象を受けました。映画全体としては、ひたすら情緒的であって深みに欠けるきらいがあります。ただ、会話パートでの演出は見事なものであり、監督の演劇界での経験が活かされていると思います。また、情緒的なムードの醸成に関しても監督の力量を感じさせます。

マクア渓谷