アルバム名: トロピカル・スウィンギン!(2018) アーティスト:オムニバス
ギター・マガジン誌の”1960年代キューバのギタリストたち”という特集と連動したコンピレーション・アルバムです。古いラジオから流れてきそうなトロピカルで、ノスタルジックなギター・インスト集は、滅多にお目にかかれない超レアものです。キューバのレジェンド級ギタリストたちばかりのようですが、私が知っているのはアルセニオ・ロドリゲスくらいでした。野太い音、キレの良い独特のリズム感が特徴の盲目のギタリスト、アルセニオ・ロドリゲスは、1940~50年代、ハバナで活躍し、自身のバンドも持っていました。コンフントと呼ばれる10人程度で編成されるソン・クバーノのバンド・スタイルは、ロドリゲスが始めたとされます。スペインの植民地だったキューバは、スペイン・アメリカ戦争を経て、1902年に独立しています。しかし、独立とは名ばかりで、ほぼアメリカの属国化していきます。反乱と米軍の介入が続きますが、世界恐慌を機にアメリカが方針転換をしたことにより、キューバは独立性を高め、政情は安定していきます。1952年、フルヘンシオ・バティスタが軍事クーデターを起し独裁を始めると、キューバはアメリカ資本とマフィアの巣窟と化していきます。キューバのカジノはマフィアの大きな資金源となります。1950年代、マンボはじめキューバ音楽は、米国に始まり世界を席巻します。その背景には、マフィアによるキューバのカジノ・リゾート化があったと思われます。
1959年、キューバを国民の手に取り戻すべくフィデル・カストロがキューバ革命を起こします。政権をとったカストロは、産業の急速な国営化を進め、アメリカ資本を駆逐します。対してアメリカは経済封鎖に打って出ます。これがキューバのソヴィエトへの接近、ピックス湾事件、キューバ危機、さらには諸説あるもののジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件へとつながります。国外でのキューバ音楽の人気も衰えていきますが、一方、国内ではカストロが文化も国民の手に取り戻そうとしていました。音楽も政府によって大いに振興されます。また、フロリダやNYに急増した亡命キューバ人たちは、異国にあっても故郷の音楽を奏で続けます。1960年代末には、それがサルサ等へと結実していくことになります。
レジェンドたちのギターは、それぞれとても個性的な音色を聞かせます。共通しているのは、やはりリズムの強さだと思います。キューバの伝統的なギターと言えば、トレスが有名です。2弦×3コースという楽器ですが、リズムの強さのなかで深みを出すために複弦スタイルになっているように思います。19世紀、世界中に広がったハバネラはキューバの最も古い舞踊曲であり、そのリズムが多様に変化し、コンガ、ルンバ、マンボ、チャチャチャ等々を生み出します。その進化の早い段階で登場したのがクラーベです。キューバの多様なリズムのベースにはクラーベがあるように思います。実は、キューバのギター演奏も、基本的にはクラーベがベースになっており、トレスもそれに合わせた楽器だったように思えます。
レジェンドたちの演奏は、エレクトリック・ギターで行われています。キューバのギタリストたちの音を聞いていると、ジャズやブルースのギタリストたちとは異なるエレクトリック・ギターの魅力を引き出しているように思えます。エフェクターが登場する以前のギターと言えば、乾いた音色が一つの特徴だったように思います。それは、強いリズムを表現するのに適していたとも言え、キューバ音楽との相性が良かったのでしょう。ちなみに、アルバムの最初の曲は、ウィルソン・ブリアンが演奏するお馴染み「南京豆売り」。もう、いきなりやられたという感じです。南京豆とはピーナッツのことですが、その古色蒼然たるタイトルにはシビれます。この曲が世界的に大ヒットしたのが1930年であり、日本でもすぐにカバーされたようです。ピーナッツは、当時、南京豆と呼ばれていたわけです。(写真出典:amazon.co.jp)