佐渡金山の景観で最も目を引くのは「道遊の割戸」です。三角形に近い山が、頂上から真っ二つに割れています。最初に見た時には、その異様さに驚きました。いかなる自然現象によるものかと不思議に思いましたが、実は金脈を追って露天掘りを続けた結果だと聞き、さらに驚きました。人間の強欲が生んだ異形には気色悪いものがあり、南米のガリンペイロの映像を思い出しました。ガリンペイロは、一攫千金を求めて、手掘りで金銀を採掘する人々です。脈のありそうなところに、無数のガリンペイロが群がる様は、まるで地獄絵図のようです。いわば強欲の蟻地獄です。もちろん、佐渡金山は、ガリンペイロではなく、幕府によって管理され、計画的に採掘された金山です。
とは言え、鉱山労働の危険さと過酷さに、変わりなどありません。江戸期の佐渡金山では、山師たちが抱える各々の人足集団が中心となって採掘を進め、幕府が強制的に連行した無宿人たちも水替職人として働いていたようです。江戸中期になると金の産出量は落ちてきます。手掘りの限界だったわけです。明治になると、西洋の鉱山技術が導入され、生産量は江戸期の最盛期を超えていきます。労働者は、山師を引き継いだ部屋頭が率いる各部屋の人足が中心となります。過酷な労働環境や中間搾取に不満を持つ労働者たちは、しばしば労働争議を起こすようになります。払い下げによって経営権を得ていた三菱合資会社は、労働者を直雇いに変え、労働環境の改善を図っています。
太平洋戦争が始まると、炭鉱労働力は逼迫し、その不足を補うべく、日本統治下の朝鮮で労働者が募られます。高給に加え、干ばつの被害があったため、当初は多くの応募があったようです。ただ、応募者の多くが日本へ渡ることだけを目的としていたため、実際に金山で働いたのは半数程度だったようです。終戦が近づくにつれ、労働環境は悪化、強制労働に近いものになっていったようです。韓国政府が主張する朝鮮人労働者への虐待も、詳細は分からないものの、事実あったようです。韓国政府は、強制労働の現場として、佐渡金山は世界遺産登録に相応しくないと反対します。中国も歴史問題であるとして、そして世界遺産委員会の委員国であるロシアも日本が過去の犯罪の記憶を消そうとしているとして反対の立場をとります。
今般、日本政府が虐待にも言及した総合的な展示を行ったこと、ユン大統領のもと日韓関係が良好になったこと、ウクライナ侵攻を機にロシアが委員会から外れたことも幸いし、世界遺産登録に至りました。韓国の抗議内容は理解できる面もありますし、反日が政治の前提化しているような社会状況も承知しています。虐待の現場は世界遺産に相応しくないという韓国の批判ですが、アウシュヴィッツ強制収容所、原爆ドームも世界遺産に登録されています。これらは、しばしば負の世界遺産とも呼ばれます。もちろん、世界遺産には登録基準があります。韓国等の抗議は、登録基準に関わるものではありません。根源的には歴史認識の問題であり、外交上の問題です。ユネスコの世界遺産はブランド価値が上がり、登録数も増加しています。それとともに、登録基準以外の政治的争点も増えてきたのでしょう。(写真出典:tokyo-np.co.jp)