2024年6月7日金曜日

「マッドマックス:フュリオサ」

監督:ジョージ・ミラー    2024年オーストラリア・アメリカ 

☆☆☆

本作は、大ヒットした前作「マッドマックス怒りのデス・ロード」(2015)に登場したフュリオサ大隊長の前日譚となっています。誘拐された少女が大隊長になるまでの経緯が描かれたスピン・オフであり、原題も「Furiosa: A Mad Max Saga」となっています。監督は、マッドマックスの生みの親でもあるジョージ・ミラーです。マッドマックスが登場したのは1979年、ジョージ・ミラー34歳の長編デビュー作です。ディストピア、スティーム・パンク、モンスター・カー、砂漠といった世界観もさることながら、強烈なカー・アクションと疾走感が、低予算のB級映画ながら世界中を熱狂させました。当時、オーストラリア映画はまだ珍しく、ハリウッドとは異なるテイストもウケたのでしょう。メル・ギブソンの出世作でもあります。

オーストラリアの映画界は、永らく輸入されたアメリカ映画だけで成り立っていたようです。1970年代、オーストラリア政府は、自国映画を増やす政策を取り始めます。政府の後押しもあって、マッドマックスやクロコダイル・ダンディーといった世界的ヒット作が生まれ、多くの監督や俳優が国際的活躍をしていくことになりました。俳優では、メル・ギブソンはじめ、ラッセル・クロウ、ニコール・キッドマン、ケイト・ブランシェット等アカデミー俳優が名を連ねています。しかし、オーストラリアの映画人は、ハリウッドで活躍することが多く、彼らの国際的名声の高まりと反比例して、オーストラリア映画は少なくなったように思います。今やマッドマックスは、貴重なオーストラリア映画かも知れません。

さて、フュリオサですが、残念ながら、イマイチな映画になりました。オーストラリア映画史上最高額となる予算を投入したという映像は見事な出来だと思います。従来のひたすら走って戦う映画からドラマ性を高めた脚本も意欲的だと思います。フュリオサと悪役ディメンタスという対立構図の置き方もうまいと思います。本作で最も印象的なのは、ディメンタス役のクリス・ヘムズワースの演技だと思います。マーベルのマイティ・ソー役で大人気のクリス・ヘムズワースですが、見事な存在感を示し、映画の背骨を形作っています。しかし、全体的に言えば、ジョーゼフ・キャンベルの比較神話論的な世界観を、今さらシリーズに追加するという試みには無理があったように思います。

マッドマックスの直線的で暴力的な世界と神話性が相容れないということではありません。第一作からそういう作り方をしていたとすれば、成立したのかも知れません。ただ、キッチリ出来上がっているマッドマックスの枠組みを活用しながら、新たな世界を接ぎ木し、変質させていくことには無理があるということです。もちろん、ジョージ・ミラーは、その点も十分に心得て、制作してると思われます。マッドマックスらしさが全編に散りばめられ、スムーズな変質が行われているあたりは監督の腕の良さを感じさせます。ただ、結果としては、マッドマックスと別の映画を同時に見せられているような印象を受けました。マッドマックスのイメージが強いからこそスピン・オフが作られ、同時に、それが仇にもなっているわけです。それほど、マッドマックスは20世紀の大発明だったとも言えます。

本作の総製作費は、日本円で350億近いと聞きます。ニューサウスウェールズ州政府からの補助が相当額含まれているようです。一方、現状での興業収入は、半分にも満たない、いわゆる大コケ状態のようです。その理由としては、観客が男性や固定的なファンに限定されているためとされているようです。それも妙な話だと思います。前作「マッドマックス怒りのデス・ロード」は500億近い収入をあげていますが、観客がファミリー層中心だったとは思えないからです。いずれにしても、しばらくシリーズの新作を観ることはできないかもしれません。(写真出典:warnerbros.co.jp)

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