2024年6月11日火曜日

「美しき仕事」

監督:クレール・ドゥニ  原題:Beau Travail  1999年フランス

☆☆☆☆+

高く評価された映画のようですが、日本初公開とのこと。今流行りの4Kレストア版での上映です。聞きしに勝る傑作だと思いました。タイトルは、P.C.レンの「ボー・ジェスト」を踏まえて名付けられたものと考えます。ちなみに、ボー・ジェストとは、優雅だけど無意味な仕草・振舞という意味だそうです。フランス外人部隊を舞台にした「ボー・ジェスト」は何度か映画化されています。ただ、本作は、白鯨で知られるハーマン・メルヴィルの「ビリー・バッド」が原作とされています。船員ビリー・バッドは、英国軍船の水兵として強制徴用されます。若くて人気者のビリーは頭角を現わしていきますが、それを妬んだ先任衛生長によってトラブルに巻き込まれていきます。

本作では、ジブチに駐留するフランス外人部隊を舞台に、若くて人望もある新兵と彼を妬む先任曹長という構図に翻案されています。実に古典的なドラマ向きのプロットといえますが、本作に、通常の映画のような説明的展開を期待してはいけません。まるで映像による散文詩のようでもあり、あるいはミニマル映画とでも呼びたくなるような抑えた表現になっています。ところが、曹長のモノローグ中心のごく少ない台詞と自然主義的な演出、独特な画角で構成される美しい映像、映像とリンクした効果的な音楽、それらが通常のドラマ以上にドラマを生み出しています。映画はいかなる表現を可能にするか、という問いがあるとすれば、本作はその見事な回答の一つと言えます。

そのミニマリズム的な演出が、監督の仕掛けの一部であることが明らかになっていきます。ジブチの青い空や海と乾いた空気感、そして兵士たちの鍛えられた若い肉体、これらが観客に強い印象を与えます。そこにジブチの人々の生活描写が頻繁に挿入されます。実は、それこそが監督が巧妙に仕掛けたテーマへのアプローチになっています。この映画の底流として静かに流れる主題とは、搾取と差別の構図である植民地主義への批判であり、暴力装置としての軍隊への批判なのだと考えます。それが一気に爆発するのがラスト・シーンです。「美しき仕事」から除隊させられたにも関わらず、先任曹長は歓喜に満ちたダンスを踊ります。これが、すべての解題となっています。このラストこそ、最も重要なシーンだと考えます。実に独創的な仕掛けだと思います。

そういう意味で、本作は、見事な文明批判の映画だと言えると思います。邦題は「美しき仕事」となっていますが、映画のテーマを考えれば、”Beau Travail”は”良い仕事”と訳されるべきではないかと思います。もちろん、”良い仕事”とは皮肉を込めた言い方であり、ボー・ジェストの意味する無益さも下敷きにされているのだろうと思います。しかし、マーケティング上、”良い仕事”ではアピールに欠ける面があり、この邦題になっているのでしょう。それにしても、このような傑作映画が日本未公開だったことは驚きです。配給ルート上の問題があったものと想定されますが、他にもそういう名作が日本未公開となっているかと思うと、誠に残念な話です。ちなみに、本作は、”Sight & Sound”誌の評論家による”史上最高の映画”ランキングで7位に選ばれているそうです。

フランス外人部隊は、フランス人将校と外国籍の兵士で構成される正規軍です。国際法で禁止される傭兵にはあたりません。ナポレオン戦争の犠牲等によって国民兵の確保が難しくなったフランスが、1831年、アルジェリア征服戦争に際して創設しました。かつてはアルジェリアに、現在はコルシカに本拠地を置き、主に海外の戦場で戦ってきました。まさにフランスの植民地政策の先兵だったわけです。ボー・ジェストや「モロッコ」(1930)といった映画に描かれたことで有名になりました。ジャン・ジュネ、コール・ポーター、モイズ・キスリング、エルンスト・ユンガー等々、多数の著名人が在籍したことでも知られています。デラシネたちのラスト・リゾート的なところが、人々の興味をかき立ててきた存在でもありす。(写真出典:eiga.com)

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