2024年5月20日月曜日

文明の進化

Henry Miller
束縛されたくないと、携帯電話も、スマホも、一切持っていない先輩がいます。先輩は、不便を感じていないようですが、周囲の人間にとっては、連絡が取りにくく、まったく迷惑な話です。こっちが不便だからスマホを持ってください、とお願いすると、みんな30年前まで携帯・スマホ無しで生きていたじゃないか、と反論されます。確かにそのとおりです。逆に言えば、昔はスマホ無しで、よく待ち合わせできたものだと、よく営業なんかやれてたものだと思ってしまいます。過日、その先輩が、ついにスマホを持たざるを得ないか、と思った瞬間があったようです。メニューも会計もQRコードで対応する飲食店に入ったからでした。

確かに、人手不足の昨今、そういう店が増えています。先輩は、憤りよりも、疎外感を強く感じてしまったようです。今や、スマホを持っていない人は、ネイティブ・アメリカンと同じ境遇に置かれているわけです。ま、喫煙者も同じですが・・・。「文明とは、なければならないものが増えることだ」という言葉を思い出します。確か、ヘンリー・ミラーの「北回帰線」の一文だと記憶します。文明とは、社会制度や技術が発展し、経済的、物質的に豊かになることを意味するのでしょう。だとすれば、ヘンリー・ミラーの言葉は、文明の本質を捉えていると言えます。とは言うものの、冷静に考えれば、古代ローマと現代の社会を比べて大きく変わったのは電気や他の動力で動く機械くらいじゃないかとも思ってしまいます。

人類の三大革命と呼ばれる農業革命、産業革命、IT革命は、すべて技術的革新です。確かに便利にはなり、豊かになったものの、社会や生活の本質は、なんら変わっていないように思えます。相も変わらず、戦争があり、政治は混乱し、パンデミックが起こり、同じような犯罪が後を絶ちません。つまり、文明なるものは進化したのかも知れませんが、人類そのものは太古の昔から、ほとんど進化していないということなのでしょう。人間の最大の進化は、直立二足歩行だと思います。自由に使えるようになった両手は道具を生み、まっすぐになった喉は自在に声を操り言語を生みます。それが、組織力、生産の効率化、そして知恵の蓄積につながり、人間は、瞬く間に地上界を制圧するに至ります。

文明の進化は、個人と組織という難問を生み、自然破壊を深刻化させてきたように思います。例えば、政治の混乱は農業の開始とともに生まれた個人と組織の相克の現れであり、技術革新とは自然界に存在しないものを作ることで自然を破壊するという性格を持っています。とは言え、なにも原始時代に戻ろうと言っているのではありません。大事なことは、文明の進化の本質を理解し、可能な限り、自然の多様性を保持できる技術革新を目指し、人間が進化していないこと、個人と組織は相容れないものだという認識を持って、個人を尊重する社会を作ることだと思います。そうした観点からすれば、最悪の社会システムは武力で成り立つ全体主義だと言えます。さらに言えば、文明の進化は、どうも全体主義に陥りやすい傾向を持っているように思えます。

SFに描かれる未来社会は、実に全体主義的です。画一性が社会的効率を高めるからなのでしょう。20世紀は、人間の強欲が解放され、技術革新が飛躍的に進んだ時代でした。同時に、20世紀は全体主義の時代でもありました。故なきことではありません。我々は、文明の進化が持つダークサイドにも注意を怠るべきではありません。ところで、人間は、自ら進化を止めた生物とも言われます。生物の進化が形状や機能の変化を伴うものだとすれば、人間の進化は直立二足歩行で終わっています。道具と組織を手に入れたことで進化する必要がなくなったわけです。つまり、人間が進化しない限り、文明の進化はさらに進んでいき、全体主義化の懸念も高まることになります。(写真出典:themarginalian.org)

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